25枚目 「烈火と筋肉」
「と、いう訳で。今日の朝練に参加してもらう運びとなったラエルお嬢ちゃんだ! 皆、宜しく頼むぜ!」
間。
「……!?」
何がどうしてこうなった!?
「……アネモネさん。状況が飲み込めていないんだけど、これはいったい」
現状把握の為の説明を求めるラエルの声は、その辺りでかき消された。
「うひゃー、隊長! まーた別嬪さんを一日入隊とか抜かします!?」
「気合入りますね! いつもむさくるしい男と筋肉な女性だけなので!」
「ちょっと、筋肉な女性って誰の話ぴょーん」
「うわははは、筋肉の筆頭が何言って」
めきっ。
「ちょっと!? 駄目ですよう! 治すこっちの身にもなってくださいエルメさぁん!」
「どくんだぴょーん。そいつは私らのことを脳味噌まで筋肉で、考えるよりも真っ先に手が出る、世界で一番可愛くない女だって侮辱したんだぴょーん」
「脳内補完の素晴らしいこと!! でも半分は被害妄想じゃないですかあ!?」
自己紹介する前に獣人の女性を中心とする乱闘が始まってしまった。
今の様子から見て、ラエルが居ても居なくてもこうなるのだろうが……。
「混沌と、してるわね……」
「俺も流石にこうなるとは思ってもなかったぜ――はい、はい! そこで今日は終いにしときなぁ! 紹介ができねえじゃねーか!」
「………………はぁい、隊長」
めっちゃ渋々といった感じで、とても楽しい遊びを邪魔されたとでもいうように不機嫌になった獣人の女性は、長い垂れ耳を指で遊んだ。
怪我を直した男性たちも、白魔術をかけてもらいながらちらほらと腰を浮かせて戻って来る。担当の白魔術士さん (目が赤いので魔族だろう)は悲しげに深いため息を吐いた。苦労してそうだ。
彼等は烈火隊。アネモネが率いている部隊である。
非番の今日は朝から夜まで休憩を挟みつつ訓練らしい。アネモネも初対面の時のような軍服 (あれはあれでとても戦う服装だとは思えないが)ではなく、襟元の自由な薄手のシャツに、赤土色に染まった長ズボンといった軽装で、他の隊員も似たようなものだった。
もっとも、ヘアバンドをしていたりマントをしていたり、暑そうなのに軍服でいたりと、多少のばらつきはあるが。
「よし、落ち着いたな! 彼女はラエルお嬢ちゃん。先のセンチュアリッジ作戦で解放した一人だ。この度、万年白髪野郎の連日健診から解放されたんで、浮島の仕事を色々見せてやろうと思ってなぁ。ここの見学もその一環だ!」
「ほえ、じゃあ、いつものような一日隊長代理のイベントではないので?」
「じゃないんだなぁこれが」
「へー、珍し」
「ということは、もしや職業斡旋すか?」
「……職業斡旋って、アネモネさんが率先してやる仕事なんですかぴょーん?」
「うぐっ」
アネモネが急所を突かれて苦しんでいるが、まさかペナルティでこの少女の傍を離れられないのが原因の一端であるとは言い出せなかったらしい。
「と、とにかく! ……自己紹介をしてくれ。頼む」
がしっ。と肩を掴まれ、助けを求められていることを理解したラエルは、気を取り直して礼をする。
「初めまして、ラエル・イゥルポテーです。午前中だけですが、今日は宜しく」
ラエルはちょっとだけ、本性を隠すために演技をした。
魔導王国軍には大きく分けて六つの部隊があり、本国である第五大陸に三つ、浮島には残りの三つの隊が常駐している。
アネモネが率いている烈火隊は十五名の少数精鋭で、上限は無いが入隊は至難の業なのだとか。それもその筈、隊員一人一人があの金髪少年に匹敵、又はそれ以上の実力を備えているというのだから当然なのかもしれない。
だがしかし。今日はどのみち見るだけだ。見学と言っていたのだからきっと。
「それじゃあ、走るから、ついて来な!」
「……あれ?」
ハードだった。
「――って聞いてない! 走るなんて聞いてないわよ!? ちょっとこっち見なさい三つ編みさん! こっち見て説明しなさい! 私さっきから言ってるわよね!?」
「叫ぶ余裕があったらペースをあげるぴょーん」
言いつつ走る速度を上げたのは、ヘアバンドをした獣人の女騎士だ。
彼女は先程からラエルの後ろにぴったりと着いて走っている――腰から引き抜いたレイピアを構えて。
「女騎士さんの視線が痛い!」
「ぴょーん」
「うわあああああん!」
獣人の体力は言わずもがな、魔族の方々の体力だって人族の比ではない。その面子に囲まれ、やたらと広い中庭をひたすら周回するのだ。
延々と。延々と。走る、走る、走る。
円の外側で、白魔術士が手を振っている。
「きつかったら言って下さいね! 治療しますからー!」
「心の安寧が無いんだけど!?」
「そんなこと言って、叫んでるにも拘らず息が切れてない貴女も貴女だぴょーん。やっぱり人族にもたまには面白い奴がいるんだぴょーん。大丈夫、私たちは貴女が気を失った瞬間、あなたを本隊に迎える手続きをしてやるんだぴょーん」
「くっ……! い、意地でも倒れてやるもんですか……!」
入隊の誘いが職業安定への最短だというにも拘らず、全くもって嬉しくないのはどうしてだろうか!?
「はーい、そこまで。それ以上やったらお嬢ちゃん倒れそうだからな」
「……っアネモネさん!」
「治療して再開! あと一時間の辛抱だ!」
「――――っ!!」
「えーいっ『
「うっきゃあ!?」
「さ、つべこべ言わず走るぴょーん」
「は、はは……は」
結局二時間きっかり全力疾走させられて、最終的に持続型の白魔法をかけられたラエルは中庭の芝生の上に大の字に突っ伏すことになった。
それはおおよそ乙女がする体勢でもなく、走っている最中の言動から化けの皮も剥がれたらしい。男性の隊員たちは「筋肉娘が増えてしまった」とひっきりなしにぼやいて、話のネタにしているようだった。
(だ、誰が筋肉娘よ……)
「お疲れ、お嬢ちゃん」
「あぁ、お疲れ様。アネモネさん……」
ぐあしっ。
「あの、見学というお話は
「はっはっは、元気でなによりだぜ!」
「……はあ、まあ、お蔭で元気だけれど!?」
掴みかかった手を理性をもって引き剥がしながら言い、ラエルは芝生に腰を落ち着けた。アネモネは涼しい顔で皺になった部分を伸ばし、攣った眼を細める。
「で。どう思った?」
「え? どうって、何に対して?」
「何にって……ここの軍人についてだよ。つっても、ここに居る奴らは一癖も二癖もある奴等ばっかだから、お嬢ちゃんが知ってる軍人とは似て非なるんだろうけどな」
形の崩れた長い三つ編みを一度バラして梳かし、また編み直しながらいう。
世の女性が嫉妬しそうなほど、綺麗に手入れされたおぐしである。
「……比較対象が無いからどうとも言えないわね。まあ、私の母国に居た軍人とは、ちょっと心持ちが違うかもしれないけれど」
「心持ち」
「民は国の為に率先して毒矢となるべし――それが、人族国家の考え方よ。訓練を見た訳じゃあないから、少しはましな人も居たのかもしれないけれど。町まで降りて来た時の彼らの顔の憔悴っぷりは目に痛かったわね。子ども相手にもつんけんして、余裕がない感じで」
今は無き、風の国パリーゼデルヴィンド君主国。生物や災害から民を守るために八方を城壁で囲んだ、砂上の城塞国家。
あの国は住むのには困らなかったが、外に出て見るとただ価値観が狭かっただけなのだと思い知らされた。生まれた時に入信させられた白木聖樹信仰だって、国を追われて直ぐに捨ててしまったほどだ。
祖国という理由だけで帰りたいのか、と問われれば首を振るだろう。
信仰上一日一回お香を浴びるのが面倒だから、というのもあるが――ラエル個人としては、サバイバルしていた期間と国で過ごしていた期間に大差はない。
「ただ、人数はかなり少ないと思うわ。六つある軍の一つだって言ってたけど、他も少数精鋭なのかしら?」
「いいや。こんだけ人数が少ないのは、浮島を中心に活動してる二隊ぐらいだ。残りの四つの部隊はそのまま軍隊って言った方が分かりやすいだろうな。一部隊辺り、四十万から五十万人はいるぜ」
「……規模が凄いわね?」
「そうだな。一応、魔王軍単体で世界征服できるぐらいの火力はあるんだぞ」
さらっと口にして、編み上がった三つ編みを花飾りのついた紐で留めるアネモネ。
(しかも、実力じゃなくて火力なのね……)
魔族という魔力特化の人間の集まりであることも要素の一つなのだろう。しかし、アネモネはケラケラと能天気に笑う。
「まあ、六年前ならともかく、他の種族も沢山雇ってる今じゃあ簡単に余所の国を攻め落とそうって話にはなんねーよ。主要国が黙っちゃねーと思うし。そうなったら敗北するのは我が国だ」
「そ、そうなの」
「それに……厄介ごとは、火種の内に俺らか王様が握りつぶすからなぁ」
その為に俺らが居る。
アネモネは言いながら、軽い水分補給を済ませて立ち上がる。
「あ、今日はありがとなぁ、お嬢ちゃん。後の訓練は見学でいいぜ」
「……アネモネさん、その『お嬢ちゃん』っていうの、辞めて欲しいのだけど」
「ん? そう? じゃあ今度からラエルちゃんって呼ぶことにするわ。俺のこともアネモネって呼び捨てでいいぜ」
「……善処するわ」
遠ざかる三つ編みをジト目で追いながら、ラエルは溜め息をついた。「ちゃん」付けが嫌だったのに、それが固定されてしまったではないか。
それでも、「お嬢」と呼ばれるよりはましなのか?
何とも言えない気持ちになった。
「ぴょーん」
「うわぁっ!?」
急に背筋を鋭い爪先でなぞられて、ラエルは反射的に声をあげた。振り向いてみれば、息を切らすことなく追いかけ回して来たあの女騎士だ。
「どうしたぴょーん」
「心臓に悪いわよ……」
恐怖を感じない代わりに人一倍危機に敏感なラエルは、背後に気配無く立たれた時が一番死を身近に感じるのである。
死ぬことは悪いこと。だから嫌だ。
「ごめんごめんだぴょーん」
女騎士――長い耳の獣人は言って、
焦げ茶色の髪の毛と、頬の横に垂れ下がる耳の先がほのかに赤い。
「この後の訓練はどうするのかと思ってきたけど、どうやら見学なんだぴょーん」
「あはは……それは元々見学の予定だったからよ……」
「ふーん。それは勿体無いぴょーん」
「はい?」
「貴女が人族じゃなきゃ、私の隣にいて欲しいくらいだからぴょーん。全く、やっぱり法を改正する必要があるってもんだよぴょーん」
「あの、それは何の話?」
「……貴女、もしかして知らないでこの訓練に参加してたぴょーん?」
知らないも何も、有無を言わさず連れて来られた身としては――見学予定だった身としては、事前知識も説明も無かったのだから。
「魔導王国は人族を軍人として雇えないんだぴょーん」
「……は? え、その、それって普通じゃないの?」
「普通な訳あるかぴょーん。ここは別に人族の国じゃあないんだから――」
言いかけた女騎士の声は、アネモネや男達の号令にかき消された。
「え? 何?」
「……ああ、いや、ちょっと喋りすぎそうになったぴょーん。私は訓練の続き、してくるぴょーん。気が変わったなら貴女も参加するぴょーん?」
「え、いえ、結構です」
「すがすがしいぴょーん。ま、それぐらいが丁度良いぴょーん」
その場で踵を返し、前歯を出して笑う女騎士。
「名前。改めて聞いても良いかぴょーん?」
「私は……ラエル。ラエル・イゥルポテー」
「そうかぴょーん。私はアルメリア。エルメとでも呼ぶぴょーん、ポテー。」
「は、はい……」
実にあっさりと名を明かした女騎士は、そのままアネモネが居る方向へ駆けて行った。
「……ってポテー呼び?」
確か、以前金髪少年にされた呼び方だ。しかしその割には略称を呼ぶように言ってくるし、呼び方に何か決まりでもあるのだろうか。
まあ、ラエルには
「わ、わっ!」
「うわっ」
「ぴゃっ」
「『ぴゃっ』って」
どんな生物の鳴き声だ。
見ると、ラエルが背を預けていた柱の裏から声を上げたらしい。といっても、先程の女騎士とは違って気配を消していた訳ではなかったので、リップサービスも含め、大げさに反応して見せたのである。
声の主は、この烈火隊の白魔術士だった。
他の隊員がラフに動きやすい服装であるのに対して、彼女は全身をふんわりとした白いワンピースを改造した服を着ている。
改造ついでにスカートの裾が赤い糸で留められたスリッドのようになっているが、幼い顔立ちから色気のような物は感じられない。
「あのぅ?」
「あ、ごめんなさい。」
ラエルは思わず目をそらす。
可愛げのある服には似合わない、矢筒の存在が気になっただけである。
「これからの訓練は参加なさらないんですか? 結構楽しいですよぅ?」
「訓練って、あれでしょう? 多分アネモネ……みたいな人が部下に剣振ったり魔術あてたりするんでしょう? 向いてないわ、私には」
「想像とはちょっと違うと思いますけど――そうですか。じゃあ私と同じく高見の見物ですねぇ」
言いながら、矢筒の中から
日の光に晒された赤い目が、澄んで光る。
「それは……弓?」
「えぇ。これは
白魔術士が取り出した魔弓は腕ほどの長さで、あまり大きくはなかった。
しかし、そこに張られてしかるべき
「――『矢』は?」
「作りますよ。材料が勿体無いですし、お互いの訓練にもならないですから」
左腕で魔弓を手にすると、白い魔力の帯が疑似の弦を形成した。その弦を細い指でつまみ、笑顔のまま天井に向けて、きゅ、と引き。
「いっきまっすよーっ『
詠唱と共に派手な発射音。
――それは空から降り注ぐ、針の雨のような。
いわずとも、その針の行く先は先程訓練を行うと言われていた烈火隊である。
淡々と叩き落す猛者も数名いるようだが、ほとんどは背や頭に針を生やしている。
「敵にする方が、どのような技を使ってくるか分かったもんじゃないですからねぇ。たまに回避訓練やっておかないとなまっちゃうんですよぅ。ま、白魔術なのでぇ、当たってもちょっとチクっとするだけです。怪我なんてしません!」
「……」
成程。この白魔術士も脳味噌が少々筋肉質のようだった。
朝から騒がしかった隊の男達の様子を思い出したラエルは苦笑する。もう一射放ったところで、阿鼻叫喚の同僚たちを尻目に振り向いた彼女に邪気の類はなかった。
「えっと。私はストリングと申します。魔導王国に在籍する白魔術士で、師はスフェーンさんになります。ストレンでいいですぅ。有事の際にはよろしくです」
「あ、宜しく……私は」
「ラエル・イゥルポテーさん、ですよね?」
こてん、と首を傾げるストレン。
「さっき盗み聞いてしまったので、これでおあいこ、です」
「えっ」
エルメの時を思い出す。
――あの時には、気配のカケラも感じられなかった筈なのだが。
「うふふ、かくれんぼは得意な方なんですよぅ」
ニコニコと笑いながら、再度弓を放つ白魔術士。
ラエルは、この場に自分が居ることがいかに場違いで、彼等と自分とでどれほど実力の差が開ききってしまっているのか。嫌でも理解するしかなかった。
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