第69話 タリスの過去
タリスとセレーノは、チッタの街の商人の家に生まれた。
両親は二人を大切に育てていたし、二人もまた両親が大好きだった。
「だけど、知っての通りチッタの街は魔王によって滅ぼされる」
アリシヤは頷いた。
勇者とスクードに助けられ何とか命からがら生き残った二人だったが、行く当ても二人の面倒を見てくれる人もいなかった。
そこで、二人は王都に行くことを決意する。
「とても甘い考えだけど、勇者様に頼ろうと思ったんだよ」
タリスは苦笑する。
それから二人は何とか王都についた。
だが、身分も身寄りもない二人は、勇者に会うことはおろか、城に入ることすらできなかった。
結局たどり着いたのは、流れ者の集まる名無しの街だった。
タリスとセレーノは限界を迎えていた。
幼い二人は王都にたどり着くだけで精いっぱいだったのだ。
腹を減らし、路頭に迷っていたところを救ったのがラナ爺だった。
ラナ爺は、二人がチッタの街出身だと言うことを知ると、手厚くもてなしてくれた。
それから二人は名無しの街での生き方を学ぶ。
タリスはラナ爺の息子であるファッジョに鍛えられ徐々に喧嘩が強くなっていった。
「そこからが…ちょっと言いたくないんだけど」
タリスが頭を掻く。
アリシヤは身を乗り出す。
「教えてください」
「…仕方ないなぁ」
タリスが諦めて口を開いた。
日銭を稼ぎながらなんとか暮らすタリスとセレーノ。
数年がたった。
タリスは十三歳、セレーノは十八歳になっていた。
セレーノの美貌は言わずとも知れたことだろう。
「そのうち、姉さんに群がる悪い奴が出てきたんだ」
セレーノの美貌は売れば金になる。
そう思った輩がいるらしい。
ある晩、ラナ爺の家が襲撃された。
十数人もの暴漢をファッジョとタリスは必死になって倒した。
だが、残り一人となったところで、暴漢はセレーノを人質に取った。
「僕もファッジョも手を出せなくなった。そこで姉さんが動いたんだ」
セレーノは必死に抵抗し、相手の手から逃れた。
だが、セレーノの腕に深く傷がいった。
「僕はそれを見た瞬間、感情が抑えられなくなった」
魔王に家族を奪われた。
また、家族が傷つけられるのなら。
タリスは暴漢にとびかかった。
立ち上がれなくなるまで何度も何度も殴り、相手は意識を失った。
タリスが初めて誰かを打ち負かした日だった。
「その時、僕は思ってしまったんだ。悪をこの手で打ち負かすのは簡単なことかもしれないと」
それからタリスは、悪を見つけるたびにそれを潰そうとするようになった。
窃盗、強姦、万引き、目についた人間を片っ端から倒していった。
「今から思うと、僕はただの憂さ晴らしをしていたんだ」
「憂さ晴らし?」
「そう。小さな悪に魔王を重ねて、それを負かしていい気になっていたんだ」
ある日のことだった。
名無しの街に、大臣が視察にやってきた。
彼は、ありきたりな言葉で名無しの街を罵った。
たまたまそこにいたセレーノとタリス。
タリスは苛立っていた。
大臣がふと、セレーノを見ていった。
『この娘、いくらだ?』
「まあ、ブチ切れるよね」
「そうですね」
アリシヤはタリスの言葉に同意を示す。
タリスは大臣にとびかかった。
その頃にはタリスは、名無しの街で負けなしとなっていた。
だが、横からの斬撃でタリスはあっけなく吹き飛ばされる。
顔を上げたタリスは絶句した。
白い髪に蒼い目。
自分たちの命の恩人がそこに立ちはだかっていたのだ。
タリスは食って掛かった。
悪いのはその男であり、自分ではない。
あなたは正義の味方だろう、と。
「勇者様はなんて言ったんですか…?」
思わずアリシヤは尋ねる。
タリスが困った顔を見せる。
「それが…『俺は正義の味方じゃない』そう言ったんだ」
大臣はリベルタの進言にしぶしぶ従い、彼らはその場を後にした。
タリスは呆然とした。
自分を助けてくれた、そして憧れていた彼が言ったのだ。
『自分は正義ではない』と。
「僕はそれが許せなかった。それから僕は毎日勇者様に喧嘩を売りに行った」
「え?喧嘩?」
「そう、喧嘩を売りに行ったんだ」
それから毎日毎日、タリスは城へ通った。
そのうちタリスの噂を聞きつけたのか、リベルタが現れた。
喧嘩を売りに来たタリスに、リベルタは律義に相手をした。
何年もそれが続いた。
五年がたつ頃には、タリスのリベルタへの怒りは尊敬に変わっていた。
リベルタはタリスの腕を見込み、自分の右腕に誘った。
「僕はもちろん快諾したよ。でも、未だ『俺は正義の味方じゃない』。あの言葉が忘れられない。あの暗い表情も」
「勇者様はそのことについては?」
「…。『そんなこと言ったっけ?』って言ってた」
アリシヤは頷く。
きっと、あっけらかんと言うのだろう。
あの人はそういう人だ。
それからタリスはリベルタのもとで働き、たまったお金で、セレーノにプレゼントをする。
「それがあの店。オルキデアだ」
もともと、両親が料理屋を営んでいた。
セレーノは大人になってその手伝いをするのが夢だった。
「姉さんは、柄にもなく泣いて喜んでくれた」
一生大事にするね。
セレーノはそう言って泣きながら笑った。
セレーノと二人で生きてきた。
とてもじゃないが、いい事ばかりではなかった。
セレーノのことを疎んだこともあった。
だが、この笑顔を見ることができた。
タリスはそれだけで生きていてよかったと思えた。
タリスの表情がかげる。
「僕が言うのもおかしな話だけど、姉さんは本当にあの店を気に入っているんだ。だから、手放すわけがない…いや、そう思いたいだけなのかな」
「え」
タリスが顔を上げる。
アリシヤの顔を見つめるその表情は今にも泣き出しそうだ。
「あいつの言う通りかもしれない。僕は僕の都合のいいようにしか考えられのかもしれない。姉さんは…本当はもう、店の事なんて―」
「それは―」
「それはどうだろうな」
現れた声にアリシヤとタリスは顔を上げる。
「勇者様?」
「少し確認してきた。タリス、アリシヤさん。それぞれなんだか都合の良くない事があるんだって?」
アリシヤは曖昧にうなずく。
リベルタがふっと笑う。
「大丈夫だ。俺が守ってやる」
「え」
アリシヤは声を上げる。
リベルタは快活に声を放つ。
「もしセレーノさんの婚約にそれが関係あるのなら大丈夫だ。二人は俺が守るよ。だからさ」
リベルタはタリスとアリシヤ、二人を見ると力強く言った。
「だから、後悔ないようにしろよ」
タリスが立ち上る。
その目は先ほどとは違い、力が宿っている。
「ありがとうございます。勇者様」
「おう」
タリスが駆け出した。
「アリシヤさんも行っておいで。俺は後から行くよ」
アリシヤは頷き、タリスの背を追う。
後悔がないように。
そうだ、このままだったらずっとこのことを引きずり続けることになるだろう。
それは嫌だ。
タリスの足は速い。
アリシヤは置いていかれないように必死に走った。
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