第67話 申し出
セレーノと並んで家路につく。
「アリシヤちゃん。今日のことはタリスには内緒ね?」
「分かりました」
今日は偶然、セレーノの秘密を覗いてしまったのだ。
それを外部に漏らすのはいささかルール違反だろう。
アリシヤは素直に頷く。
日が落ちかけている。
「寒いね」
「そうですね」
それ以降、会話は途切れる。
白い息を吐きながら、二人で王都の石畳の上を歩く。
オルキデアの前まで戻るとそこに先客がいた。
「カルパさん」
「セレーノさん。それからアリシヤさんも」
カルパは嬉しそうに微笑んだ。
長い間そこで待っていたのだろうか。
白い肌が真っ赤に染まっている。
セレーノがカギを開け、カルパを中に招き、暖炉に火をくべる。
「カルパさん。来ていただくなら声をかけて下さたらよかったのに」
「いや、こちらこそ急にきて申し訳ない。今日はアリシヤさんもお休みだと聞いてぜひ伺いたいと思ってね」
カルパの言葉にアリシヤは首をかしげる。
己の休みとカルパの何が関係あるのだろう。
「アリシヤさん。少し話をしたいのだけどいいかな?」
戸惑うアリシヤに、セレーノは椅子をすすめる。
「私からもお願いするわ。大切なお話なの。聞いてくれるかしら」
アリシヤは頷いて、席に着いた。
「実は、君を養子に迎えたいと思っているんだ」
「へ?」
カルパの思いがけない言葉にアリシヤはぽかんと口を開ける。
セレーノが苦笑する。
「まあ、そういう反応になるのは致し方ないね」
「ええ、と…養子って、どういうことですか?」
アリシヤの問いにカルパが口を開く。
「君は僕の父。ヴィータ・ジオーヴェを知っているか?」
何度か見かけたことがある。
アウトリタ派と対立する教会派のジオーヴェ家の家長だ。
アリシヤは頷く。
「率直に言おう。わが父ヴィータは君のことを消し去りたいと思っている」
「え」
アリシヤは思わず声を漏らした。
「どうして?」
「君は、チッタの街で英雄となった」
カルパの話にアリシヤは黙る。
またこの話になるのか。
だが、アリシヤは向き合うことに決めたのだ。
強くカルパを見据える。
「僕の父は根っからの神話信仰者だ。赤髪、赤目の君が英雄となることを大変不愉快に思っている」
「なるほど」
納得した。
神話の中では赤目、赤髪は魔王の象徴。
そんなものがこの国の英雄になってはいけない。
筋は通っている。
カルパが背筋を正す。
「前置きが長くなってすまないね。ここで、今回の養子の話だ」
カルパの青い目が鋭く光る。
「君が養子になってくれれば、君はもうジオーヴェ家の人間だ。父も下手に手を出せないだろう。君の安全を守ることができる」
セレーノが強く頷いたのが見えた。
なるほど、確かにカルパの言う通りだ。
だが—
「ですが、私を養子にすることをヴィータ様は許してくれますか?」
「それは黙っておくさ。養子縁組を結んでしまってから公表すればこっちのものさ」
カルパはウインクして見せた。
セレーノがアリシヤの顔を覗く。
「どうかしら?」
「…分かりました」
二人の顔が晴れたのが見えた。
「ですが」
アリシヤは声を上げる。
「少し待ってください。私もまだいろいろと納得できたわけではないので」
「分かった。待ってるよ」
カルパは優しく微笑んだ。
「でも、あまり時間はない。それだけはわかってくれ」
アリシヤは頷いた。
***
夜。
アリシヤは自室のベッドに横になる。
あの話の後、カルパは帰っていき、セレーノは夕刻から店を開いた。
相変わらずオルキデアは繁盛しており、セレーノに深く話を聞くことはできなかった。
遅くに返ってきたタリスは何も言わずに自室に入ってしまった。
アリシヤは目を閉じる。
カルパとの養子縁組。
ヴィータはこの国の権力者だ。
彼が本気を出せば、アリシヤを消し去ることなど容易だろう。
背筋が冷たくなる。
だが—
セレーノの様子を思い出す。
アリシヤを心配そうに見つめるその目。
そして言っていた言葉。
『私が一番大事なのは家族。タリスとアリシヤちゃんだから』
セレーノは、アリシヤを守るためにカルパと婚姻を結んだのではないか。
いや、アリシヤだけじゃない。
今、城で立場の危うくなっているタリスもだ。
ジオーヴェ家という後ろ盾を得ればタリスの立場も安定するのかもしれない。
「でもやっぱり…」
アリシヤは布団の中に潜り込み呟く。
納得がいかない。
暖かな布団にくるまれ、アリシヤは眠りに落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます