第16話 亀裂

「お疲れ様でした。今日も、みんなが楽しめる空間が出来たと思います。とても良かったです」

「お疲れ様でした」

 アカツキが店内のステージの上で、ホストたちの前で今日の締めの挨拶をしている。煌びやかな服装をした、2メートルを超えるイケメンのマーフォークのホストが並んでいるのを見ると、リアルな世界ではあり得ない陣容だと思う。

 ……この頃には、ホストの数も増えてきて15名程になっていた。都合がつかない人もいるので、常時いるのは12名程であったが、それでも賑やかになってきた。


 しかし、そのうちの4人はユメノアルバが連れてきたメンバーだ。……最近は、彼を含めた5人に不穏な動きを感じている。他のメンバーも誘って強ボス周回などを頻繁に行っているようだ。俺の気のせいなら良いが……。



「じゃあ、アルバさん、何かある?」

 とアカツキが、ユメノアルバに訊いた。


「うん……、まだ、ミスが多い人もいるので、もっと練習してください。特に、コンバットさんとパルさん。……ちょっとひどいよ」


「――まぁまぁ、このホストをやるってのも遊びだからさ、そんなに真剣にならなくても……」

 すかさす、アカツキがフォローを入れる。俺も内心では、みんなの前で名指しで批判するのはどうかと思った。


「――いや、せっかくやるんなら、しっかりやろうよ。コンバットさんとパルさん、今度新人さんとの練習の時、一緒に参加してもらえる?」

 そうした、ユメノアルバの言葉に、重い空気が店内に漂っていた。


 俺は正直、最近リアルな仕事の方で、メンタルに疲れを感じていたので、あまりゴチャゴチャする事に関わりたくはなかった。

 その為、全体チャットで、

「急な用事の為、離席中」とコメントを入れて、ハイボールを飲みながら、パソコンのモニターも見ずに、スマホの操作をしている。


 その間も、アカツキとユメノアルバの言い争いは続いている。     

「みんなも予定があるから、強制は良くないよ。ゆっくりやっていけばいいんじゃないの?」 

          

 後から、履歴を見て気づいたが、カズキからも個人チャットが何度も来ていた。

「おーい、エルさーん。早く戻ってこーい」


 しばらくして、モニターをチラ見すると、落ち着いたようなので、少しチャットを戻して内容の確認する。

 同じようなやり取りが続いた後、最後は、指名されたコンバットとパルテノンが練習に参加すると言って終わっているようだった。


 俺は、解散してみんながいなくなっているのを見計らって、自分の家のある天空の町ラポラスに戻った。

 ここは以前入っていたチーム『アスナロ』のアジトのあるエリアでもあった。その時に、この場所の雰囲気がジブリ好きの俺にはとても気に入って、そのまま自宅を建てた。


 カズキはもう落ちていたが、一応チャットを送っておく。

「さっき、ごめんね。離席が長引いたわ。では、また明日」


 そして、俺も落ちようかとログアウトのボタンに手をかけた時に、個人チャットが入った。――アカツキからだ。俺は、一瞬での判断に迫られる。


 このままログアウトして、気づかなかったふりをするか、応じるかだ。

 ログアウトするなら、このまま押してしまえば、もう落ちるとこだったと、後から言い訳が出来る。だが、遅れると、この言い訳は通用しない。


 ――僕は今、メンタル疲れをしている。例の力(パワ)原と安田の『リアルおっさんずラブ』コンビにだ。

 僕は、今まで会社の中では順風満帆で上手くやって来た。営業成績もトップではないが、常にノルマ100%以上の成績で、会社の要求にも応えてきたつもりだ。出世頭ではないが、3,4番手をキープしている。


 しかし今、会社の中の僕の周りには、ありえない状況が出来てしまっている。それは、上司の特定の部下への溺愛だ。それが、僕の上と下で起きている状況で、まさに板挟みだ。

 僕も、別に力原に嫌われているとは思わない。そこは今まで、上手くやって来たつもりだ。だが、今奴は、盲目の愛で、周りが見えなくなっていると思われるほどの状況で、僕以外の社員も冗談を言えないくらいドン引きした状態になっている。


 ――出来る事なら、このまま落ちてしまいたい。……しかし、ここは、アカツキが俺をナンバー3にしてくれた信頼に応えようと思った。


「……すいません。アカツキさん。ずっと離席してて」


「いえいえ、ごめんね。もう落ちるとこ?」


「うん、でも、いいですよ。少しなら」


「うん、ありがとう。それでさ……、さっきエルさんが離席してる間に、いろいろあってね」


「ええ、俺も少しだけ、チャット履歴見ました」


「うんうん、それで、あの後アルバさんから名指しされたコンバットさんと、パルテノンさんが辞めるって、僕のとこに個チャがきたのよ……」


「あら……、そうなんですか」


「一応、引き留めて、今保留中なんだけどね。それで、考えたんだけど、……アルバさんにクラブを抜けてもらおうかと思ってさ……。エルさんはどう思う?」


 俺は、アカツキからの問いかけに、少し悩んだ。

(確かに、アルバが抜ければ、平穏な状態になりそうだ。ただ、おそらく彼が連れてきた数名も一緒に抜けるだろう。そうすればクラブは一時期的であれ、弱体化してしまう……)


 そして俺はアカツキに、

「アカツキさんに任せるけど、俺はもう少し様子見てからでもいいかな、と思いますけどね」

 と話した。


「そっか……、じゃあもう少しだけ、様子見るかな」


 結果的に、俺のこの時の甘い判断が、大間違いだった訳で……、しばらく後に、後悔する事になる。

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