第15話 おっさん2人、秋葉原でスマホ片手にアイテムを探す

 ある金曜日の夜、明日からの2連休に、僕は鼻歌交じりで350ミリリットル缶のハイボール2本と小皿に盛った枝豆とキムチをパソコンデスクに置いて、GOCを始める。すると、待っていたかのように、くまごろうから個人チャットが飛んできた。


「――やあ、エルさん」


「おー、くまさん。今日は早いね、残業なかったの?」


「うん、最近はうちも働き方改革とかで、労働時間にもうるさくてね。パソコン切られちゃうのよ。定時になると……」


「へぇ……、いいねえ。羨ましいわ」


「良くないんだよ、それが……」


「なんで?」


「僕は営業じゃないからいいけど、営業は手書きで見積もり作ってるよ。会社の隣の喫茶店で……」


「ははは、本末転倒じゃないですか……」


「だよね……」


「――ところで、強ボス手伝ってくんない? 討伐チケットあるから奢るからさ」

 くまごろうからのお誘いのチャットだった。


「おー、いいねえ。いくいく」


「おっ、やったぜ、エルさんが来てくれると心強い。それに@1(あと1人)足りなかったんだよね。もう行ける?」


「おっけーよん♪」


「じゃあ、誘うね」

 そして、くまごろうからグループに誘われ、戦闘メンバーに入った。



 今日は、俺以外のメンバーもみんな強く、順調に消化をすることが出来た。そして、ここ数日の念願だった騎士用の大型の盾である『金剛力士の盾』のレベルアップ強化に成功した。

 俺は、ご機嫌に1本目のハイボールをぐいっと一気飲みをした。


 戦いが終わると、今週、金塊が大量に採れる発掘者イベントをやっていたので、金山のある『サドアイランド』に飛ぶ前に、くまごろうに話しかけた。


「じゃあ、くまさん、ありがとうね。チケットごちそう様でした」


「いえいえ、どういたしまして。……ところで、エルさん。明日時間空いてない?」


「ん? どうしたの?」


「例のスマホアプリの武器ドロップが、明日のキャンペーンで秋葉原に大量に出るらしいのよ」


「――まじっすか!」


「こないだも言ったけどさ、おじさん1人じゃ行きづらいじゃん。なんとなく……」


「そうだね……、じゃあ、ちょっと嫁に相談する。ちょっと待ってて」

 そう言うと、僕は自分の部屋から嫁のいるリビングを覗いた。さっきまでは、機嫌は良かったはずだ……。


「あの……ママさん」


「何?」

 嫁は楓に離乳食を食べさせている。今、楓はぐずらずに大人しく食べているので、嫁の気持は落ち着いているように見える。――状況は悪くないと僕は判断した。


「こないだ仕事で知り合ったお客さんと明日、昼から出掛けたいんだけどいい? 夕方には戻って来るから……」

 と顔色を窺いながらも、訊いてみる。


「仕事?」


「仕事ではないけどね。……ただ、誘われて断りにくくてね。こないだお世話になっちゃったからさ」


 こう言う事は嘘はついてはいけない、ただし、必要以上に話す必要はない。


「うん、いいよ。どうぞご自由に……、あっ、佑太をお風呂に入れてくれる?」


「了解」

 

 そして、無事に嫁の了解を得た事をくまごろうに話し、明日の予定を決めると俺は、ゲームを落ちた。





 翌朝11時、僕は草加駅の改札前で、くまごろうと待ち合わせをしている。

 自宅から駅まで来る間にもう2か所の赤いマークから武器の欠片をゲットしている。


 ――このアイテムゲットの仕組みは、スマートホンのGOCアプリと連動した地図上に長時間、割と広い範囲で赤く点滅しているものと、ある時間になると出現するが、10分程すると消えてしまう青く点滅するマークの2種類がある。青いマークで取れるアイテムは希少だが、その分、良いアイテムが取れる可能性が高い。

 今回、事前告知では関東圏内では秋葉原、池袋など6か所で青いマークが大量に出るキャンペーンをやるらしい。今日の12時から17時まで5時間やるという事だった。


「お待たせ、エルさん」

 僕よりも、身長も体の太さも一回り大きいくまごろうは、11月中旬の少し肌寒くなってきているこの時期でも、長袖のシャツの上に半袖のシャツを重ねただけの薄着で、ダブついたズボンを着ていた。

「いえ、じゃあ行きますか」

 僕は、最近は嫁が買ってくる服をそのまま着ているだけの恰好であったが、それでも、そこそこお洒落な服を着こなしをしている。

 年齢も一回り違うであろう僕とくまごろうが、2人で並んで歩いていると、そこそこ違和感があるだろうな、とこの時思っていた。


 そして、秋葉原に着くと、早めのランチを食べて12時に備える為、喫茶店に入った。

「エルさんってまだ若く見えるけど20代?」

「いや32ですよ」

「あーそうか、自分より10歳下なんだね」

「くまさんは、42ですか……」

 僕の視線は、無意識にくまごろうの頭髪へと向かってしまう。

「――デブでハゲだからもっと老けて見えるよね」

 彼は、以前オフ会で会った時より、さらに薄くなった頭髪を撫でながら自嘲気味に笑った。

「いや、ははは……」

 この時僕は、彼が言った通りの事を思ってしまったが、その場は笑ってごまかした。

「うちはもう子供も大きくなっちゃったから、土日はやることなくてね……」

 くまごろうはそう言うと、食後に出てきたコーヒーを一口飲んでから、

「ごめんね、今日誘って、奥さん怒ってない?」

 と言った。

「うちはまだ、子供が小さいから、タイミングが悪いとダメですけど、今日は大丈夫でした」

「そかそか、そうだろうね」


 それから、店を出てイベントが始まるのを待っている間、スマートホンを見ながら赤い点滅のアイテムを取って行く。簡単に取れるが、ほとんど欠片1個だ。しかも1回取ってしまうと当分同じところには出現しないらしい。


「これ、赤いのは効率悪いからいらないね、別にゲームの中でも取れるし……」

 スマートホンのGOCのアプリを見ながら、くまごろうは言っている。

「レアアイテム狙いで、青いのだけでいいかも知れませんね」

 僕がそう言うと、

「うん、そうだね」

 と言って、くまごろうも大きく頷いた。


 そして12時になると、周りにいた連中もみんな一斉にスマホを片手に動き出す。さすが秋葉原だ、今回のイベントの為に相当数集まっているようだ。


 とりあえず、僕とくまごろうは、別々に行動をして青い点滅を発見したら、メールで報告することにしていたのだが、さすがに今日は大々的にキャンペーンを行っているだけの事はある。そこらじゅうで青い点滅をしていて、別行動する意味も無い事に途中で気付く。

 これだけ点滅すると、問題は体力だ。点滅する場所に行く為に時にはダッシュをして行く事もある。くまごろうを見ると、かれこれ30分程であるが、季節は秋なのに滝のような汗をかいている。

「これは、痩せるわー」

 ヘトヘトになりながらも、くまごろうは笑いながら言った。

「これはさすがに、このペースで5時まではキツイですね」

 僕がそう言うと、

「あと30分やって一度休憩しようか」

 と、彼は言った。

「そうですね」


 そして30分して、2人で喫茶店に入った。

「普段、体動かさないからキツイわ」

 そう言って、くまごろうは、足のふくらはぎを揉んでいる。すると、彼の両足が小刻みに震えている。

 僕の視線に気付くと、くまごろうは、

「僕、糖尿病なんだよ。もう何年も付き合ってるけど……、食生活が悪いのは分かってんだけどね」

 と、自虐的に笑った。

「あー、そうなんですね……」

「エルさんは若いからあれだけど、気を付けた方がいいよ。悪化すると大変だからさ」

「はい」

「まあ、僕が言っても説得力ないけどね」

 シュガーを2袋分入れた甘いカフェオレを美味しそうに飲みながら、くまごろうは言った。


 そして、休憩をしても、すぐに回復するほど若くもなく、喫茶店を出た後は、ダラダラと移動距離を限定して、何個かのアイテムを取ると、家に帰ることになった。


「結局、4時間ちょっとか……でも、いっぱい取れたね。うちへ帰ったら楽しみだね」

 くまごろうは、GOCのアプリで取れたアイテムを嬉しそうに確認している。

「そうですね、どんな武器が出来るんでしょうね」



 その後も、くまごろうとは、何回か一緒にGOCアプリを使ったアイテム集めをした。

 その内に他のゲーム内の友達も加わって、5、6名で行動することも何度があった。それはそれで、楽しい時間だった……。

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