「題名は幻」③

「ごめんねー、勝手に歌入れちゃって……へへ」

 演奏が終わった時、僕は涙を流していた。眼鏡の金属を伝った雫が白鍵の上に落ちる。

「……ナギ君?」


 違うだろ。僕の名前を読んでくれよ。


 父さんは今、仕事で海外だ。僕は、寮に入った。

 独りで曲を作ってばっかりの、哀れな息子だよ。

 貴女の母校で、独りでピアノを弾いている、哀れな息子の名前を。


 どうして呼んでくれない?



「……ごめんね。私、自分勝手に遊び歩いたりして。母親失格だよね……。お父さんにもごめんねって……言って……?」



 いつしか夕焼け色が溢れる第七音楽室で、僕は一人ピアノの前に座っていた。完成した曲……題名はどうしようか。何だか、幻のような、長い夢を見ていた気がする。







ほんの少し

      夢を見たい


夢と知りながら

       溺れてしまいたい






 後日、寮に届いた一通の手紙で、僕はまた泣いた。


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幻 ―まぼろし― 渉志 @meimo_kkym

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