夢幻鏡⑤

 夕食を済ませた僕達は早速問題の少女に会う為、饗庭兄妹の住むアパートを訪ねた。

 僕はショルダーバッグに自らの分身である鏡を随身する。アウラはと言うと白いシャツに黒いスラックス、サスペンダー、長い髪は後ろでひとつに括って、物腰は何処となく中性的。おまけに暇な両手はポケットの中。また微々ではあるが人格が変化しているように窺えた。

「此処です。……あ、もう伊真帰ってるみたいだ」

「よし……やってやろうじゃん。ロウ、今夜は久々の御馳走だぞ」

「まだ決まった訳じゃないから、勘で物言うの止めてもらえるかな」

 傍から聞くと意味不明な応酬だが、僕らには十分だ。それに幸い一真は鍵を捻る動作に集中していた為、こちらの話は聞いていなかった。

「ただいま」

 扉が開け放たれ、一真に次いでアウラも何食わぬ顔で上がり込む。僕は一応御邪魔します、と声に出して、玄関のドアを鍵まで閉めた。そんな僕を見た一真が笑ってる。……癖って怖いな。気をつけよう。

「御帰りー。お客さん?」

 たたた、と部屋履きを鳴して出迎えてくれたのは、すらりと背筋の伸びた、髪の長い女の子だった。見て呉れは穏和で優しげな彼女が、一真が鼻の下を伸ばす程愛でる妹、伊真なのだろう。

「……ん、今ちょっと失礼なこと考えなかったかいロウ君」

「いいえ」

「えっ、誰、お兄ちゃんのお友達?」

 伊真はアウラを僕とを交互に、じっと推察の目で見つめて、

「……わかった、お兄ちゃんの彼女だ! スゴいなー、年上美人と付き合えるなんて」

「笑えない冗談だ」

 と、アウラが溜め息をついた。その目は僕も予想だにしなかった侮蔑色の冷血さで、伊真は笑みを張り付けたまま固まってしまった。可哀相に、一真は口の端を引きつらせて無理矢理半月を作っている。

「あ……あは……はははははは……ねぇロウ君、俺ってそんなに魅力無い? ねえ?」

 心なしか一真はさっきから僕を頼みの綱にしている、気がする。確かにアウラの行動は万人受けしないし思いやりにも欠けるが、今の問いは僕だって答えようがない。やむを得ず、聞こえないフリをした。

「立ち話もなんだ、とにかく上がらせてもらうぞ」

 勝手に靴を脱いで上がり込むアウラを先回りして、伊真が奥へと消えた。散らかってますがどうぞ、と声だけが玄関に届き、一真も促すので僕も部屋に通される。

 二人で住むには広過ぎるリビングに圧倒されつつ、伊真が忙しなくティーカップを並べているローテーブルに目を向けると、既にアウラがちゃっかりとお茶を啜っていた。それだのに嫌な顔ひとつしない伊真。健気と言うか、申し訳ない。

「どうぞごゆっくり。あ、お兄ちゃん、お泊まり会? 客用の布団は私の部屋の押し入れだけど、降ろしておく?」

「ああ、一応……いや、俺が出すから」

 伊真と入れ違いに一真が席を立った。

 思えばアウラは玄関からずっと伊真を観察しているようだが、顔色ひとつ変えないのはどう言う訳だろう。僕が視た限り、今の彼女に怪しい影たるものの気配は感じられないが。主人の意図が読めない今、僕は半ば途方に暮れている。

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