夢幻鏡⑦
長い沈黙の後、ミスカドが徐に唇を離すと、彗星の如き拳が飛来し彼の頬に一撃。
「ゴブェラッ」
奇怪な声を出して床に転げたミスカドを見下ろすのは、怒れるお兄ちゃん、一真。
「伊真に近付く汚い虫め! 今すぐ監獄に送って即死刑執行だ!」
派出所警官にそんな権限があるのかは扨置き、ミスカドとやらの行動は番狂わせだった。
「アウラ、あいつ誰?」
「タチの悪い食い逃げ犯だ。殺しても構わない」
「オイオイ、そりゃねぇゼ」
よっ、と声に合わせ立ち上がったミスカドが芝居掛かった手振りをつけて宣う。
「悪いゴーストを喰う正義のゴーストがオレ様ダ! 人間と手を組んで小金稼いでるベイビーにとやかく言われる筋合いは無いナ」
「私の仕事を奪ったんだ、私に言い分が無い訳が無い」
「あ、あのっ!」
割って入った一真の腕の中で伊真は静かに呼吸していた。
「伊真は大丈夫なんですか? それに……貴女達は一体」
勿論一真に対してもだが、幾つか説明をしなくてはならない。僕が口を開く前に、アウラが述べ出す。
「ロウ、伊真の悪夢の原因、それと……そこの食い逃げ。こいつらは皆『獏』と呼ばれるものだ」
「ば……く? って、あの?」
「貘とは押し並べてウマ目バク科の動物を指す言葉ではない。人間が『悪夢を喰う神聖な生き物』と勝手に想像していたもの……正確に言えば『霊体を餌にする霊体』を、我々は貘と呼んでいる」
続くアウラの説明に一真が耳から煙を出さんばかりに混乱していたので、僕がそっと彼に耳打ちをした。
僕らは――まずこの概念が世界に通用すると仮定された場合の――『霊を食べる霊』なのだ、と。
貘の摂理を知るアウラには納得のいかない説き方だが、彼の頭は笑ってしまう程単純に出来ていてくれたので、そういうことにしておいて欲しい。
「……そうか、それで、伊真に憑いていた悪霊って奴を」
「オレが喰ったことで事件解決」
一真の肘がミスカドを突き飛ばす。
「でも、霊って見えるんですね……驚いた」
「貘は憑代(つきしろ)があれば実体化は出来る。ロウは
『光鏤夢幻』という鏡……これに憑依している」
言い、手にしていた琥珀の鏡を撫でた。
「ああ、それから……ミスカドのような『人間に憑依した』例外もある」
「えっ、人間を憑代に?」
僕も長年貘をやっているが、そんな方法は知らない。それ以前に、憑代は無生物に限られる筈だ。
「まァ、オレは特別だナ。それにこの体の主が『僕の代わりに働いて十分な財産を残してくれるなら、いくらでも貸してあげるよ。僕は人生に疲れたんだ』と言って快く貸してくれタ」
「だ、ダメじゃん! 上手く言えないけどそれダメだって!」
三流漫才よろしく続く問答にまた口数の減った一真の脳がショートしてきた頃、騒ぎに耐え兼ねた伊真が目を醒ました。
「い、伊真!」
ガバッと抱き付く一真を意識の外に、彼女の瞳は首を鳴して踵を返しかけたある男を捉えた。
「あ……あの時の……」
寝ぼけ眼を擦り、凝らして見る伊真。彼を……ミスカドを。
「……ステキ」
「「はっ?」」
突然の事態……疑問符が何重にもなり空気を震わせたが、少女の目に映るものはただひとつ。
「昼間はバンダナで顔が分からなかったけど、こんな素敵な男性が身近にいたなんて……私幸せっ! 彼もお兄ちゃんのお友達?」
「……イエス! マイディスティニーッ!」
「いっ嫌だぁあぁ! 頼む伊真、目を醒ましてくれっ!」
「……勝手にしやがれ。帰るぞロウ」
「了解……」
まさに骨折り損の何とやらで、今回の依頼は終了した。よって、茶番寸劇これにて段落。もしや貴方も夢……憑物でお困りですか?
では、御一緒に。
アウラの鏡を
覗いてごらん
終
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