夢幻鏡⑥

 そうして僕らは伊真が眠るのを待った。彼女は常に零時には就寝するというので、そう長時間待ち惚けることもない筈。特段することも無いが、僕はてっきり空いた時間は今後の行動の打ち合わせをするものだと思っていた。しかしアウラも一真も日付が変わる前に毛布を被って爆睡し始めてしまった為、僕が頃合を見て二人を起こす羽目になったわけで。

 半分眠っている目を擦り何とか覚醒した一真と、眠りを妨げられあからさまに不機嫌なアウラと連れ立って、伊真の部屋の前で状況を偵察する。そっと扉を開けると、伊真は小さく寝息を立てていた。

「ああ、寝顔も可愛いぞ」

 にやける一真に、身震いするアウラ。僕にもうっすら鳥肌が立った。

「お前やっぱり居間にいろ。邪魔だ」

「なっ……何故? 大事な伊真の安否が気になるじゃないかっ!」

「二人共静かにっ!」

 間違いなく、今僕の耳に異質な音が入ってきた。アウラも真剣に聞き入っている。


「……して……かえし……」


 吃っているのか声が小さいのか、上手く聞き取れない。だがこれで決定だ。

 僕は素早く扉を開けた。だがどういうわけか、たった今までベッドで寝息を立てていた伊真の姿が、消えている。

「かえ……り……」

 音源は戦慄した僕の頭上で揺らいでいた。見目形は伊真そのものだが、存在感、言うなれば気配のようなものが僕の解る範囲でも異常、加えて

天井から吊り下がるが如き恰好が『憑物』の存在を物語っていた。

「……かえりたい……のに……かえれないの」

 僕には不可解な彼女の訴えに、アウラは首肯して僕のバッグから『鏡』を取り出す。

「――貴女の望みは何か、もう一度言ってご覧なさい。アウラの鏡を前に」

 お決まりの口上が始まった。僕は一安心するが、一真は床に座ったまま実録『開いた口が塞がらない』状態にあった。続けて伊真の口が動き『彼女』が話す。

「……興味本意で、この子に憑いたの……そうしたら……帰れなくなって……」

「心配ないわ。すぐに解放してあげる」

 あとは僕が『彼女』を伊真の体から出すのみ。

 だがその時。


「ちょっと待っター!」


 突如部屋から飛び出してきた謎の人物が、強引に伊真の腕を引いて、面した壁に体ごと押しつけた。――今し方開け放たれた窓から吹き込む風に輝く髪を揺らし、紫のバンダナで覆面した侵入者。対面したアウラは忌憚なく舌打ちした。

「ミスカド……邪魔だ。娘を離せ」

「断るネ。オレの女だ、手を出そうがオレの自由ダ」

 ミスカドと呼ばれた男は口のバンダナを剥ぎ捨て、これまた強引に伊真と唇を合わせた。

「なっ!」

「……御馳走さン」

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