夢幻鏡④
同時刻。部活が終わった高校生達がちらほらと校門を出ていく中、洋裁部の伊(い)真(さな)も友達と別れて家路に就いていた。
彼女をビルの屋上から見つめている人物……くすんだ金髪に、大きなバンダナで目から下を隠した青年が呟いた。
「この匂いは……」
瞳をぎらつかせ何かを感知した彼は、流れる早さでフェンスを駈け登り、地上に向かって垂直に飛び降りた。人がシガーケース程小さく見える高さから、伊真の、目前に、派手な靴音を響かせて。
「着地ぃ~!」
「きっ……きゃあああああっ!」
突然頭上高くから人が降ってきたのだ、悲鳴も無理はない。伊真はその場に腰を抜かして座り込んだ。
「ヘイ、ガール……。驚かせて悪かったナ」
彼は口元のバンダナをきつく締め直した。素顔を隠す為のそれか、ただの洒落か、用途は知れないが些か目立ち過ぎる紫色と、ダークオレンジに近い金髪とが伊真の行き場の無い目を捕らえて離さない。
彼もまた伊真を見る。するとどうだ、今度は彼が驚愕にも似た表情をしだした。今の彼の場合―半分は隠されており見えないのだが―驚愕と言うよりは唖然と怡然とが入り交じった顔だろう。わななく唇を開き、彼は叫ぶように言う。
「オレの名はミスカド! お前は何ダ!」
対する伊真はだんだんと怯えの色を消し、不審者を見る目でミスカドと名乗る男を睨んだ。
「何だ、って……名前? 伊真、ですけど」
「イサナ! お前、オレと付き合わないカ?」
「…………は?」
「オレと来いヨ! 一緒に夢喰いの旅に出ようゼ!」
「ち、ちょっと待て!」
伊真は立ち上がる。
「いきなり何! 空から降ってきたかと思えば即ナンパ? 貘の分際で! 私に近寄らな……」
パンッ!
と、ミスカドが手を打ち鳴らした。
「わっ……な、なぁに? どうしたんですか?」
三秒前と打って変わって伊真はおっとりとした口調でミスカドに問うた。
「いや……なんでもなイ。それより、今の話、本気で考えておいてクレ!」
「えっ……ち、ちょっと」
そう告げた刹那、ミスカドは此所へ来るまでの進路…正確に言えば空中を忍よろしく駆け去っていった。
「う~ん……なんだったのかなぁ……」
気を取り直し、伊真も歩き出す。早く帰らなければ、兄が心配してしまう。
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