《ラクリマの恋人×星空の小夜曲》2 第35話 魔女新生

「ア……ルマ?」


 かすれた声が、トキの口から漏れる。

 何が起こったのか解らなかった。ゆっくりと崩れ落ちていく頭のないアルマの体を、トキはただ見つめる事しか出来なかった。


「まあったく、とんだ不出来な蛇だわぁ」


 声がした。女性の口調の、しかし男の声。

 

「……! テメェは……!」


 振り返ったトキは見た。横たわるセシリアの傍らに、いつの間にか一人の男が立っているのを。

 そして、その男にトキは見覚えがあった。


「テメェ……あの導師……!」


 そう、そこにいたのはかつてセシリアを利用し、世界の神になろうと企んだ男――カルラ教導師、レオノールだった。


「あらぁ? あなた、この体の持ち主の知り合いかしらぁ? もしかして、カルラ教とやらの信者だったとか?」


 しかしレオノールは、トキの事などまるで知らないような素振りで。トキ自身も、以前の彼とはまるで違うその雰囲気に困惑する。

 だが、一方で、常に人を嘲り笑うようなその口調はトキの別の記憶を刺激した。


「……まさか」


 そこでトキは思い至る。五年前、レオノールがした事を。

 もしも、自分の予測が正しければ。目の前にいるのは、レオノールではなく……。


「魔女、イデア……?」

「せ~いか~い! でもそこまで解るって事はあなた……私がこの男に喰われたところを見てた人ね? 生き残りがいたなんて驚きだわぁ」


 トキの指摘に、レオノール――いや、イデアは、そう言って口の端を吊り上げる。その口ぶりからすると、煽っている訳ではなく、どうやら本当にトキの事を覚えていないようだった。

 人間になど、どこまでも興味が無い。その態度が、目の前にいる存在は確かに魔女イデアなのだとトキに確信させた。


「何でだ……魔法がなくなって、魔女もこの世から消えたはずだろ!」

「いちいちうるさいわねぇ。でもいいわ。今私、とても気分がいいから答えてあげる」


 言いながら、イデアはセシリアの頬を妖しく撫でる。その仕草にトキは反射的に飛び出しかけたが、すんでのところで自分を抑えた。


「確かに、魔法が消えれば、魔女になった私も消えるはずだったわ。でも免れる事が出来た。……この男のおかげでね」


 そう言ってイデアが、今度は自分の顔に触れる。イデアの言葉の意味が掴めないトキを、イデアは、見下すような目を向けた。


「私は五年前にこの男に喰われ、同化した。それにより――純粋な魔女とは言えなくなった」

「……だから、消滅しなかった……?」

「そうよぉ。姿がこの男のままって言うのが、ちょっとしゃくだけど」


 忌々しげに吐かれた言葉に、ようやくトキも総てを理解する。自分の推測は、やはり当たっていたのだと。

 力ある魂ならば、夢を使って他人に干渉出来る。それはドルチェが、実際にやってみせた事だ。


「それにしても、一番扱いやすいと思ってたいぬに手を噛まれるなんて思ってもみなかったわぁ」


 ふと、イデアの視線が死んだアルマに注がれた。まるで、汚物を見るような目で。


「まさかセシリアちゃんを、私から隠すなんて。おかげで見つけるのに手間取っちゃった」

「アルマが……!?」


 思わず、トキもまたアルマを見る。同時に、この時トキはようやく、アルマの真意を理解した。


 アルマは、最初から――トキにセシリアを救わせる気だったのだ。


「まぁいいわ。これで目的は達したから。消すだけで許してあげる」


 そう言ったイデアの足元から、むくりと、闇が立ち上がった。それが何をする為のものか瞬時に悟ったトキは、今度こそセシリアに向かって走り出す。

 しかし。


 ――ばくん。


 トキの目の前で。セシリアの体は呆気無く、闇に飲まれた。

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