《ラクリマの恋人×星空の小夜曲》2 第33話 義兄(あに)と義弟(おとうと)

 一体どれくらい、城内を走り回っただろうか。

 自分がどこにいるかなど、とうに解らなくなっていた。それでもトキは、前に進む事を止めなかった。

 それは、自分に後を託してくれた仲間達の為。そして何よりも、今もこの城のどこかにいるセシリアを救う為に。


(セシリア……どこにいる、セシリア……!)


 トキの中で、焦りが濃くなっていく。五年前、アルマに囚われたセシリアが何をされたか。今でもトキは、よく覚えている。

 あの時助けてくれた女神ヴィオラは、もういない。また同じ事が起きれば、今度は助けられないかもしれない。

 脳裏に広がる悪い予感を、必死に振り払う。その最悪の事態を回避する為にも――早くセシリアを見つけなければならないのだ。


「! ここは……」


 やがてトキは、見覚えのある場所に辿り着く。聖堂。五年前にセシリアを失ったその場所に、今トキはいた。


「よお、遅かったじゃねえか、トキ」

「!!」


 聞こえてきた声に、トキはバッと辺りを見回す。すると聖堂の奥、祭壇の上に、アルマが腰掛けていた。


「アルマ……!」

「やっと来やがったか。待ちくたびれたぜ」


 その口調も、表情も、何もかもが五年前のままで。あまりにも自分の記憶のそれと変わらないアルマの姿に、トキは動揺を隠せなくなる。


「何でっ……アンタが! それに、アイツらも……! 皆、あの時、死んだはずだろ……っ!」

「どっかのクソ生意気な弟分と一緒でなァ。あの世から舞い戻って来ちまった」

「セシリアはっ……! セシリアはどうした!」

「わめくなよ。お姫様ならここだ」


 アルマが親指で指し示した方を見ると、セシリアが静かに横たわっていた。それを見たトキは、反射的にセシリアに駆け寄ろうとする。


「おっと、早まるなよ」


 しかし二人の間に、アルマが素早く体を割り込ませる。そしてトキの腹を、全力で殴りつけた。


「かは……っ!」


 きれいに決まった一撃にトキの体が吹き飛び、横倒しになった椅子に叩き付けられる。倒れ伏し、咳き込むトキに、アルマの冷たい言葉が降る。


「これで平和ボケが覚めたか? ああ、お前は平和ボケしてなくてもこんなもんか」

「ゲホッ……アルマぁ……!」

「ククッ、やっとらしい・・・目になりやがったな。俺の事が憎くて憎くてたまらない、そんな目に」


 腹を押さえながら身を起こし、トキはアルマを睨み付ける。

 ずっと、心のどこかでは何かの間違いだと、そう思いたかった。あの時、自分の兄貴分として死んでいったアルマを信じたかった。

 だが、思い知らされた。彼は――どこまでいっても、敵でしかないのだと。


「ほら来いよ、トキ。今度こそ俺に、引導を渡してみせろよ」

「……上等だ、クソが……!」


 胸に湧き上がる怒りと共に、トキは短剣を握り締めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る