《ラクリマの恋人×星空の小夜曲》2 第32話 享楽の終わり

「ほらほら、そろそろ魔力が切れるんじゃないの? そうしたらあとはバラバラにしてやるだけなんだから!」


 燃えた髪を次々と切り落としながら、なおもエドナは攻撃の手を緩めない。そうする事で、相手が魔力切れを起こすのを狙っているのだ。

 今になって、エドナは思い出した。この夢の世界に、自分達の世界のものではない因子――イレギュラーが混ざり込んでいると、母であるイデアが言っていた事を。

 本来魔女にしか使えないような魔法を相手が扱えるのも、恐らくその為だ。だが、例えイレギュラーだろうとしょせん相手は人間。使える魔力には限りがあるはずである。


(ボクってば運がいいよねえ……ゴリラ君に仕返し出来るだけじゃなくて、ママの計画の一番の一番の邪魔者まで始末出来るんだもん!)


 イレギュラーを殺せば、きっとイデアは自分をたくさん褒めてくれる。それを考えるだけで、先程まで心を支配していた怒りは消え失せ、喜びがエドナの胸を満たしていく。

 それこそが、魔女イデアから切り離された彼女の司る側面。どこまでも楽しみを追い求め、それで心を満たそうとするもの。

 エドナという存在の本質――享楽。それに従い生きる事に疑問一つ持たないその姿は、いっそ哀れとも取れるものであった。


「それにしても、相手がへばるの待つだけってタイクツー……ん?」


 この膠着状況に若干飽きが来ていたエドナだったが、目の前の炎が小さくなり始めたのを見て、一気に目を輝かせる。唇は悦びに弧を描き、肌は期待にぞわりと粟立った。


「やあっと魔力が切れたんだぁ! よーっし! 気合い入れてバラバラにしてあげるねぇ!」


 攻撃の手を止め、しかしいつでも攻撃は出来るように準備して、エドナは望む瞬間が来るのを待ち構える。そして、エドナの見ている前で、炎が――消えた。


「装填・〈黄玉トパーズ〉!」


 だが直後、消えた炎の壁の向こう側から雷撃が放たれ、完全に油断していたエドナの顔面に直撃する。これにより視界を焼かれたエドナは、悲鳴を上げながら髪をデタラメに振り回す。


「あああああああああっ!!」


 振り回された髪は壁に、天井に、床に、次々と突き立っていく。やがてそれはエドナの体の自由を奪い、動きを封じた。


「よし、お膳立ては出来たぞ、クーナ!」

「ありがとう、ロビンさん! 『満ちよ永遠とわの氷雪、我がかいなに宿り、零下の絶獄に総てを堕とせ』!」


 詠唱が終わると同時、クーナの右腕の小手が、今度は分厚い氷に覆われていく。凍り付いた右手を強く握り込み、クーナは床を蹴った。


「燃やしてダメなら……凍らせろっ! 新必殺、『氷の拳フリーズ・ナックル』!!」


 クーナの拳が、焼けただれたエドナの顔面を撃ち抜く。すると顔面を中心に、エドナの全身が見る間に凍り付いていく。

 数秒後、そこにはエドナの姿をした彫像が出来上がっていた。


「お前との因縁も今度こそ終わりだ、チビ助。もう二度と、化けて出てこない事を祈るぜ」


 その脳天に、ロビンは照準を合わせる。そして静かに、戦いの幕を下ろすその一言を口にした。


「眠りな。――装填・〈黒玉ジェット〉」


 自分にとって効果が薄いはずの、闇属性の魔法に頭を粉々に打ち砕かれ、エドナは永遠に沈黙した。

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