《ラクリマの恋人×星空の小夜曲》2 第14話 一番頼れるひと

 土を蹴り、草を蹴り、ティオを抱いてクーナは駆ける。

 二人を追う大蛇の群れは、ますますその勢力を増している。子供とはいえ人一人抱えている状態で、振り切る事など出来そうもなかった。


「クーナ、アイツらどんどん増えてく!」

「くっ……こうなったら纏めて一掃するしか!」


 覚悟を決めた表情で、クーナは立ち止まり、振り返る。そしてティオを背後に庇いながら、前方に右手を突き出した。


「『出でよ灼熱の業火、その熱をもって、我らが敵を焼き払え』っ!」


 クーナがそう唱え終わると同時、右手から凄まじい勢いの炎の渦が生まれ、目の前の大蛇の群れを次々と飲み込んでいく。間近でそれを見ていたティオは、その威力に思わず圧倒された。


「……っ、やっぱり魔法ってスゲェ……」

「シャーーーーーッ!」

「うわっ!」


 しかしそんなティオの目に、一匹の大蛇が燃え盛る炎の中から飛び出し、飛びかかってくるのが見えた。その恐怖に、ティオは思わず立ち竦み、目を閉じる。


「あぐっ……!」


 直後、響く悲鳴。いつまで経っても訪れない痛み。それが不思議で、ティオは恐る恐る目を開けた。


「……っう……」

「クーナ!」


 そこでティオの見たものは、肩口を深く大蛇に噛み付かれたクーナの姿だった。その光景に、ティオは思わず大声を上げる。


「ティオ……逃げてっ……」

「や、やだ! クーナを置いてくなんてやだ!」

「お願い……あなただけでも……っ!」


 ティオがクーナの指示を拒否する間にも、大蛇の牙は深く深くクーナの肌を、肉を裂いていく。それを見たティオの目にみるみる涙が溢れてきた。

 怖い。悔しい。様々な感情がない交ぜになり、とめどない涙へと変わる。

 脳裏に浮かぶのは一人の男。物心がついてから、ずっと心の拠り所にしてきた存在。

 例えクーナより弱くとも。この状況が、変わらないのかもしれなくても。

 それでも、ティオは、迷わずその名を呼んだ。


「助けて……トキいいいいいっ!!」

「――ティオ!」


 声が聞こえた。ティオの求めに応える声が。


「装填・〈翠玉エメラルド〉!」


 次いで響いた声と同時に、光の弾が大蛇に向かって飛来する。光の弾は大蛇に当たる寸前でつたへと変わり、大蛇の全身を縛り上げた。


「う……っ」

「クーナ!」


 拘束により顎の力が緩んだのか、クーナがその場に崩れ落ちる。ティオは慌てて、その側に駆け寄った。


「しっかりして、クーナ!」

「大丈夫……少し傷が痛むだけ……っつ」


 クーナは傷を押さえ呻くが、命には別状がないようだった。その事に、ティオは深く安堵する。


退け!」


 そこに白い正装を身に纏った男が飛び込み、身動きの取れない大蛇の頭に剣を突き刺す。頭を貫かれた大蛇は暫くのたうったかと思うと、塵となり消えた。


「ティオ、大丈夫か!」


 漸く難を逃れたティオに、駆け寄ってくる影がある。それが誰かを認識した時――ティオの目からまた涙が溢れた。


「トキ……遅いよ、バカあああああ……!」

「ああ……悪かった」


 心からの安堵に泣きじゃくるティオを、その男は、トキは、強く強く抱き締めた。

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