《ラクリマの恋人×星空の小夜曲》2 第13話 黒蛇の主

 まずは一匹、真上から襲いかかった大蛇の頭をサークの曲刀が縦に真っ二つに切り裂く。


「キャッ……!」

「そこから動くなよ!」


 背後のセシリアにそう言って、サークは前に移動する。そして体ごと曲刀を半回転させ、左右から迫る大蛇を同時に切り伏せる。


「……凄い……」


 その後もサークは、曲刀一本で押し寄せる大蛇達を次々退けていく。その戦力差をものともしない圧倒的な戦いぶりは、荒事に慣れていないセシリアから見てすら酷く優れていると解るものだった。


「……シュー……」

「!!」


 その時間近に異音を聞いて、セシリアは顔を上に上げる。するといつの間に近付いたのか、大蛇が一匹、目を細めてセシリアを見下ろしていた。


「グルルルル……!」

「アデル……! 駄目、逃げて……!」


 傍らのアデルは低く唸り、今にも大蛇に飛びかからんとしている。セシリアはそんなアデルを逃がそうとするが、アデルがそれに従う気配はない。

 大蛇が獲物を捕らえたように、口を大きく開けて向かってくる。それを見たセシリアは反射的に目を閉じ、腕の中のステラを庇うべく身を屈めた。


 ――バチィィン!


 しかしその直後、何かが大きく弾かれる音がしてセシリアは目を開ける。そこでセシリアが見たものは、全身をズタズタに引き裂かれながら弾き飛ばされる大蛇の姿だった。


「これは……?」


 疑問に思うセシリアの視界に、不意に、近くに浮く人形のようなものが入る。ふわふわしたエメラルドグリーンの長い髪を風に揺らしたそれは、セシリア達の方を振り返ると、ニッコリと笑ってみせた。


「あなたが……守ってくれたの?」


 人形のようなそれは小さく頷き、前方を目で指し示す。そこには今も大蛇の群れを相手に立ち回る、サークの姿があった。


「この子……サークさんが……?」


 そこでセシリアはやっと理解する。彼が「ここを動くな」と言った意味を。


 彼は、この生き物にセシリア達を守らせるから「動くな」と言ったのだ。


「これが……違う世界の人の力……」


 今もセシリアを守るように浮く小さな人型を見ながら、セシリアは強く理解した。この力は、確かに自分の知る理にはない力だと。


「これでっ……ラストぉ!」


 そのかけ声と共に、サークが大蛇の首を一息に切り飛ばす。横たわる大蛇の死骸は、やがてサラサラと塵と化し、崩れていった。


「ふぅ、やっと一通り片付いたか」


 軽く息を吐き、サークが曲刀の背を肩に乗せる。セシリアはそんなサークに駆け寄ろうとしたが、何故か小さな人型はまだ消えてはいなかった。


「あのっ、サークさん、もう安全なんじゃ……」

「――出てこい。ずっとこっちを見てたのは解ってる」

「え?」


 サークの言葉に反応するように、前の方の茂みが揺れ出す。同時に、くく、と低い笑い声が響いた。


「参ったねえ。気配は消してた筈なんだが」

「どんなに隠しても消えねえよ。テメェのその、死の臭いはな」

「そりゃ鼻がいいこって。人間止めて、いぬにでもなった方がいいんじゃねえの?」


 軽口を交わしながら、声の主が姿を現す。その姿を目にした瞬間――セシリアは、大きく身を震わせた。


「ヨォ、セシリアちゃん。久しぶりだな」

「そんな……あなたが、どうして……」


 黒い癖毛。赤い瞳。人を食ったような笑顔。

 ――アルマ。

 かつてトキに倒され、死んだ筈の男が、そこにいた。

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