《ラクリマの恋人×星空の小夜曲》2 第9話 再会、赤の魔銃士

 近くなっていく銃声を頼りに、トキは駆ける。

 自らの身に対する危機感はなかった。トキの頭の中は、セシリアやティオ、大切な者達の安否でいっぱいだった。


(アイツらに何かあったら……俺は……俺は……!)


 脳裏を駆け巡る最悪の想像を、必死で振り払う。そうしているうちに、銃声に若い男の声が混じり始めてきた。


「――装填・〈紅玉ルビー〉!」

「!!」


 聞き覚えのあるその声に、トキの足が一瞬止まる。冷静さを欠いた思考でも、これが誰の声かは容易に認識出来た。


「マジかよ……っ!」


 早鐘のように鳴る胸を押さえながら、トキは再び走り始める。そして辿り着いた先に在ったのは、トキが想像していた通りの光景だった。


 まず見えたのは、炎に包まれ燃える巨大な蛇の死骸。

 その奥でいきり立つ、同じ大きさの漆黒の大蛇。

 そして蛇に銃口を向ける、燃えるような赤髪の男――。


「ロビン!」

「ファッ!? トキ!?」


 思わずトキが名を呼ぶと、赤髪の男――ロビンは、驚いたようにトキを振り返った。しかしそれは、大蛇に隙を見せる事に繋がってしまう。


「シャアーーーーーッ!」

「わっ!」


 大口を開け、大蛇がロビンに躍りかかる。ロビンはそれに驚きながらも、既に銃口は大蛇の口内へと向け直されていた。


「装填・〈黄玉トパーズ〉!」


 銃から放たれた雷が、大蛇を体内から焼き尽くす。沸騰し破裂した血管が大蛇の鱗を裂き、黒い血の雨が頭からロビンに降り注いだ。


「うげぇ、気持ちワリィ!」

「オイ、無事か、クソゴリラ!」

「ああ! ていうか、何でトキがここに……オイ上!」


 顔に付いた血を拭いながら、ロビンが慌てた声を上げる。その声にトキが上を向くと、トキをジッと睨み付ける三匹目の大蛇が目に入った。


「――っ!」

「屈め! 装填・〈蒼玉サファイア〉!」


 指示通りトキが屈むと同時、ロビンの放った氷が大蛇の動きを一瞬止める。その隙を突いて、トキは大蛇から離れる事に成功した。


「そら、おかわりだぜ! 装填・〈紅玉ルビー〉!」


 そこに放たれた炎が大蛇の頭を丸ごと包み。体を焼かれた大蛇は苦しみもがきながら、地面へと落下したのだった。



「ふぃー……何とか片付いたな」


 三匹の大蛇が総て地に倒れ、灰と化したところで、ロビンが安心したように大きく息を吐いた。


「……何でテメェがいるんだよ、クソゴリラ」

「いやソレ、こっちの台詞だぜ? まさかこんな夢にトキが出てくるなんて思わねーって」

「……夢?」


 ロビンの反論に、トキの眉がピクリと跳ねる。……ロビンは、ここが夢の中だと気付いていると言うのか。


「何で、これが夢だって解る」

「だって、俺の足が生身で、魔法まで撃てるんだぜ? 夢以外有り得ないだろ、こんなの」

「……あ……」


 事も無げに言われた言葉に、漸くトキは気付く。――気付いてしまう。

 目の前のロビンの姿が、記憶の中のそれと何ら変わりのない事に。……最後に彼と別れてから、もう五年が経っていると言うのに。

 そして、その最後の別れの時、彼の片足は――。


「……」


 言葉が出なかった。――何も、言えなかった。

 ロビンから片足を奪ったのは、自分だ。自分と一緒に来てしまったばかりに、彼はこんな目に遭ってしまった。

 それだけでなく自分は、自分が助かる為に世界から魔法を消して、彼の生きる術まで奪ってしまった。本当ならば、こんな風におめおめと、彼の前に顔を出せる立場ではないのだ。


「……? どした、トキ?」

「……んで……」


 嗚呼、弱さが溢れ出す。今の体に相応しい弱さが、感情を支配していく。

 胸に溜まった重いものを吐き出すように。やっとの思いで、トキはこう告げた。


「何で、お前は、俺に対して普通にしてられんだよ……! 俺は、お前の全部を奪ったんだぞ……!」


 そうだ。かつて彼は言っていた。自分は正義の賞金稼ぎヒーローだと。それが自分の生き様なのだと言うように。

 足も、魔法も奪われて。今も彼がそうしていられるとは思えない。


「俺はっ……俺とさえ関わらなきゃ、お前は……っ!」

「……あーあ。俺の夢なのに、本物のトキみたいな事言うよな、お前」


 後悔の念に包まれ、涙を流すトキに。ロビンはフッと苦笑して、その前に立った。


「俺さ、今も賞金稼ぎ、続けてんだわ」

「……!」

「魔法も使えないし、片っぽ義足になっちまったけどよ。俺は俺の生き方を、今でも貫いてる」

「……でも……」

「……なぁ、俺、もしまたお前に会えたら、言いたかった事あんだわ」


 ロビンの手が、トキの頭に伸びる。そして、その癖毛だらけの頭を、乱暴に撫でた。


「俺はお前を恨んでねえよ、トキ」

「……っ!」

「俺は俺の好きで、お前を助けた。お前を恨むって事は、そんな俺の生き方を否定するって事だ。俺はいつだって、自分の選んだ道に後悔なんかしてない」

「あ……あ……」

「――だから、もう自分を責めんなよ。な?」


 そう笑ったロビンの笑顔が、トキの胸に染み渡っていく。ずっと抱いていた悔恨が、涙と共に溶けていくのをトキは感じた。


「……っせ、クソゴリラ……」

「え、そこ俺にシビれて憧れちゃうとこじゃねーの? 夢でぐらい素直になんねえ? トキ君」


 するりと悪態が突いて出たトキの口が、小さな笑みを浮かべていた事に、ロビンは気付かなかった。

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