《ラクリマの恋人×星空の小夜曲》2 第2話 蛇の森

「……ん……」


 妙に寒々しい空気に、ティオは震えながら目を覚ました。

 目を擦りながら身を起こし、辺りを見回す。鬱蒼と木が生い茂る、深い森の中にティオはいた。


「あれ……何で俺、こんなところに……」


 さっきまで自分は、共に暮らす家族、アデルとステラと家で遊んでいた筈だった。いつの間に眠っていたのかすらも、全く記憶にない。

 更に言えば、家の側に、こんな深い森はなかった筈だ。


「そっか……夢見てんだ、俺」


 少し考えて、ティオは今の状況をそう結論付けた。寝た記憶はないとは言え、こうまで状況に現実感がないのは、それが夢だからであろうと。

 夢だと言うのなら、何も不安になる事はない。ティオの内に、少年らしい好奇心が一気に首をもたげてきた。


「よーし、なら目が覚めるまで、この森を探検でもするか!」


 そう決めて、ティオは元気良く立ち上がった。どうせ夢ならトキもセシリアも皆居ればいいのにとも思ったが、いないものは仕方がない。

 でこぼこと起伏に富んだ地面を歩き、ティオはどんどん森の奥へと進んでいく。薄暗い視界に隠れた木の根に時折足を取られそうになるも、歩みを止めるまでには至らない。

 そうして、暫く歩き続けた頃。


 ――ガサッ。


「ん?」


 不意に物音が聞こえた気がして、ティオは足を止めた。キョロキョロと辺りを見回し、よく耳を澄ませてみる。


 ――ガサッ。


 音はどうやら、すぐ近くの木の上からするようだった。ティオは木に近付くと、目を凝らし上を見上げてみる。

 直後――ティオはその場に硬直した。


「――っ!」


 見えたのは、自分を見つめる一対の紅い瞳。その下でチロチロと蠢く、二股に分かれた舌。

 そして暗がりにおいてなお黒い、漆黒の鱗に覆われた身体。


 蛇が。ティオの体よりも何倍も大きい蛇が、そこにいた。


「あ……ぁ……」


 本能的な恐怖に、ティオの両足がガクガクと震える。うるさいくらいの動悸とシュー、シューという大蛇の息遣いだけが、ティオの鼓膜に幾重にも反響する。

 そうだ。目を覚ませばいいんだ。だってこれは夢なのだから。

 そう思って夢から覚めろと強く念じてみても、一向に辺りの様子が変わる気配はない。変化のない危機が、そこに在るだけだ。

 ここに至り。漸くティオは、これが現実なのではないかと思い始める。

 いつまでも覚めない夢。妙にリアルな冷たい空気。総てはこれが、現実だからだとするのならば。


「……ヤダ……助けて……」


 唇から零れ落ちるは、救いを求めるか細い声。しかしそれに応える者は、この場のどこにも居はしない。

 涙が溢れる。他者からもたらされる死の恐怖に、心が黒く塗り潰されていく。

 ニタリと嗤うように目を細め、大蛇が大口を開けた。生臭い吐息と唾液が、ティオに更なる絶望をもたらす。


「助けて……嫌だよ、俺、まだ死にたくない……」


 脳裏に浮かぶのは、大好きな家族達の姿。その中でも一際大きく位置を占めるのは、誰よりも大好きな父親の顔。


「助けて……トキぃ……!!」

「伏せて!」


 その時空気を切り裂くような、凜とした鋭い声が響いた。訳の解らぬままティオが声の言う通りにすると、どこからか大きな火の玉が飛んできて、頭上の大蛇に命中する。


「シャアーーーーーッ!!」


 体の半分を炎に包まれながらも、大蛇は怒りの声を上げ、火の玉の飛来した方向へと向かっていった。ティオも釣られてそちらを見ると、そこには長い黒髪の少女が立っていた。


「『燃え盛れ地獄の炎、我がかいなに宿り、総てのものを灰塵かいじんに帰せ』! ……トドメよ! 『炎の拳ブレイズ・ナックル』!!」


 少女の言葉と共に、右手が激しく燃え上がる。そして少女はその燃える拳を、大蛇の顔面に叩き付けた。


「キシャアアアアアアアアアアッ!!」


 大蛇の全身から、一気に炎が吹き出す。大蛇は暫く苦しげにのたうっていたが、やがて灰となって崩れ落ちていった。


「な、何だ……今の……?」


 少女から目を離せぬまま、ティオはただ、呆然と呟いた。

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