《ラクリマの恋人×星空の小夜曲》2 第1話 眠り病
「『眠り病』?」
教会にやってきた街の老婆が言った言葉に、トキは眉をしかめた。
「はい。この病にかかると目覚めなくなり、それから突然息を引き取るとか」
「衰弱して、とかではなく?」
「はい。何の前触れもなく、突然」
奇妙な話だ、とトキは思う。眠っている人間が、突然死ぬ事など有り得るのだろうか。
とは言え、老婆がその話に怯えて自分に救いを求めてきた事は事実だ。ならば自分も、とりあえずの役目を果たさなければならないだろう。
「それでは、聖水をお渡ししておきます。効果があるかは解りませんが」
「ありがとうございます、牧師様!」
気休め程度の処置でしかないが、老婆の不安を取り除くには役立ったらしい。老婆は聖水を受け取ると、何度も頭を下げながら教会を去っていったのだった。
トキとセシリアが再会して、三ヶ月ほどの月日が経った。
新しい生活は恐ろしいほどに順調で。これまでの人生と比べれば、幸せすぎて怖くなる時もある。
けれどそういう時は、決まってセシリアが何かを察したように、トキの手を握って微笑んでくれるのだった。
トキは今、間違いなく、人生で最高に幸せだった。
「ただいま」
「あ、お帰りなさい、トキさん」
部屋に戻れば、迎えてくれるのは愛しい彼女の声。それだけで、トキの胸はこんなにも、こんなにも暖かくなる。
トキも自分自身情けないとは思っているのだが、まだまだこの些細な幸せには慣れそうになかった。
「今飯作る。アンタはティオ達を呼んできてくれ」
「トキさん、ご飯なら私が作るっていつも……」
「それはいい」
しかし直後に告げられたセシリアの提案を、トキは食い気味に却下する。彼女の料理の腕前は、五年が経った今でも、一向に上達する気配はないのだった。
「解りました。今皆を呼んできますね」
セシリアは特に気を悪くするでもなく、奥の部屋へと向かっていった。その後ろ姿を見送って、トキは夕食の準備に取りかかる。
セシリアと再会してから、トキは、食事をなるべく手作りするようになった。それはセシリアが張り切って料理をしようとするのを止める意図もあったが、何より、トキ自身がそうしたいと思った。
ちゃんとした『家族』の形を作りたいと、そう思った。
さて、今日は何を作ろうか。家にある材料を眺め、トキが考え始めた時だった。
「トキさんっ……!」
突然、血相を変えたセシリアがトキの元へ戻ってきた。ただならぬその様子に、トキの心臓がドクリ、と跳ねる。
「……どうした?」
「ティオ君が、ティオ君が……!」
ティオ、というのは、五年前にトキが拾い、共に暮らしている少年である。トキにとっては、我が子同然の存在だ。
そのティオの名前が出てきて、トキは顔色を変えた。
「ティオ……? オイ、ティオがどうした!?」
「眠ったまま目を覚まさないんです! どんなに強く揺すっても、声をかけても……!」
ぐらり。
視界が暗転し、闇に墜ちていくような錯覚が、トキを襲った。
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