《ゆりせんせいは猫耳サイテー勇者を教育します!×星空の小夜曲》最終話 いつかの奇跡を夢に見る

 水鏡に飛び込んだ瞬間、急激な浮遊感が体を包む。纏わりつく筈の水の感触はなく、まるで空を飛んでいるような感覚だ。


「……っ」


 ふと繋いだ手への圧力が強くなり、隣を見る。するとクーナが、不安げな表情を浮かべていた。


「……大丈夫だ」


 そう笑って、手を強く握り返す。振り向いたクーナの顔の強張りが、みるみる解けていくのが解った。

 足元に見えるのはまばゆい白い光。それに向かって俺達は、ゆっくりと落ちていく。

 やがて視界が白く染まり、目を開けていられなくなる。繋いだ手の感触だけを拠り所に、俺は固く目を閉じ――。


「……うわっ!?」

「キャッ!?」


 ――突然速さを増した落下スピードに、反射的にクーナの体を引き寄せ抱き締めた。一拍置いて、肩と背中に強い衝撃が襲う。


「ぐっ……!」

「サ、サーク!? 大丈夫!?」


 痛みに瞼の裏で光が明滅するのを感じながら、目を開ける。見えたのは、赤く燃える夕焼けの空。


「……! サーク! ここ、元の山道だよ! 崖崩れの跡もある!」


 先に身を起こしたクーナが、歓喜の声を上げた。俺もまた痛みを堪えて起き上がると、そこは確かに見覚えのある山道だった。


「……どうやら、無事に戻ってこれたみたいだな」

「うん! 良かったー!」


 クーナと二人、安堵に笑い合う。と、クーナの表情が不意に陰った。


「……ゆりさんとナオトは、無事に帰れたかな」


 そう不安がるクーナの頭を、優しく撫でてやる。……コイツのこういうところが俺は好きなんだな、なんて、そんな風に思いながら。


「大丈夫だ。俺達がこうしてちゃんと戻ってこれたんだ、二人もきっとそうさ」

「……うん、そうだね」


 俺がそう言うと、クーナの顔に笑顔が戻る。ああ、やっぱり、コイツは笑った顔が一番よく似合う。


「ゆりさん、ゆっくり休めてるといいな。旅の間、ずっと具合悪そうだったから」

「……ああ、あれか」


 そういや、クーナには黙ってたんだったな。ゆりの体調が悪かった本当の理由・・・・・を。

 もうそろそろ、教えてやってもいいだろう。俺は無言で、クーナに近くに来るよう手招きした。


「?」


 近付いてきたクーナに、そっと耳打ちする。するとクーナの目が、みるみる驚愕に見開かれていった。


「え……えええええっ!? そうだったのぉ!?」

「そ。だから、心配はいらねえって事だ」

「な、何で、もっと早く教えてくれなかったのぉ!?」

「だってお前隠しておけないだろ。こういうのは、医者でもない他人が言う事じゃねえんだよ」

「でもー!」


 頬を膨らませ、不服そうにするクーナ。だがこの様子じゃ、やっぱり黙っといて正解だったな。

 最初は乱暴でもされた果てにと疑った。だがナオトと合流し、そうでない事が解ってからは安心して黙っておく事にした。


 だって、どうせ知るなら、これからの未来を生きる場所の方がいいだろう?


「でも、なら、楽しみだね!」


 不意に、クーナが楽しげな笑みを浮かべる。その意味するところが解らず、俺は軽く目を瞬かせる。


「……何が?」

「また会う時が、だよ!」


 当然、と言うべきクーナの態度に、今度はこっちが驚く番だった。……コイツ、本気で言ってたのか?


「お前……本当にアイツらとまた会えると思ってるのか?」

「勿論! もしかしたら将来、自由に異世界に行き来出来るようになるかもしれないでしょ?」

「んな奇跡みたいな……」

「奇跡でいいんだよ。だって……」


 ――起こるかもしれない事だけを、人は奇跡って言うんだよ。


 そう、真っ直ぐな瞳で言い切るクーナが。とてもとても、眩しく思えて。

 何だか俺まで、また二人と出会えるような。そんな気分にさせられた。


「……ああ、そうだな」

「そうだよ!」


 もう一度、クーナの頭をポンポンと撫でる。クーナは嬉しそうに、目を細めて笑った。

 ――もしも本当に、アイツらとまた会う事が出来たら――。


(その時は惚気のろけ話でも、じっくりと聞いてやるかな)


 来るかもしれない、来ないかもしれない。そんな未来を、俺は想像した。



 その晩、俺は夢を見た。


 見た事のない街の中を、普通の人間と動物の耳を生やした人間とが行き交う不思議な夢だった。


 賑わう人通りの中にいたのは、一組の夫婦連れ。


 夫は猫耳を生やした、真紅の髪の男。


 妻は長い黒髪の、人間の女性。


 互いに幸せそうに微笑む夫婦の、その互いの腕の中には。


 ――夫と同じように猫耳を生やした小さな赤ん坊が二人、スヤスヤと眠りに就いていた。






fin

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