《ゆりせんせいは猫耳サイテー勇者を教育します!×星空の小夜曲》第16話 コイツはちいっと手間取りそうだ
街の人間から教えられた塔は、街から約一日かけて歩いた先にあった。ゆりの体調にまだ不安が残った為、途中にこまめに休みを入れての行軍だった。
幸い、途中で魔物らしき影に遭遇する事はなかった。もしかしたらこの世界には、それほど魔物はいないのかもしれない。
「はー、帰ったらやっとゆりと思う存分イチャイチャ出来る!」
俺達といる間、夜はゆりと別々にされていたナオトは、街にいた時と違って随分と帰る事に乗り気になっている。……コイツの世界の獣人って種族は、皆こんな即物的なんだろうか。
「あとちょっとでゆりさん達ともお別れか……何だか寂しいな」
塔の上を見上げながら、名残惜しげにクーナが言う。クーナはこの短い間に、すっかりゆりと仲良くなっていた。
「うん……私も。折角二人と仲良くなれたのに……」
「俺達も俺達の世界でやるべき事がある。仕方無いさ」
「ほら、いつまでも話してないでさっさと行こうぜ!」
話し込む俺達を、塔の扉の前に立つナオトが急かす。それを見たクーナが、悲しげに顔を曇らせた。
「……ナオトは、寂しくないのかな。私達とお別れする事」
「ううん、逆だよ」
クーナの呟きに顔を横に振ったのは、ゆりだった。ゆりは強い慈しみの目で、「早く早く」と騒ぎ立てるナオトを見つめる。
「逆?」
「うん。ナオトはああ見えてね、とても寂しがり屋なの。それに二人の事も、きっと好きになってると思う」
「なら、どうして?」
不思議そうなクーナに、ゆりがふわりと微笑みかける。その笑みは、かつて、炎の聖女と呼ばれた俺の親友の一人を思い出させた。
「一緒にいればいるほど、仲良くなればなるほど、別れが辛くなるから。だからこれ以上悲しくならない為に、わざとああしてるの」
「……そうなの?」
「うん。ナオトって、私以外の人にはちょっとだけ素直じゃないとこあるから」
ゆりの説明に、クーナが目を瞬かせる。やがてその顔は、満面の笑みに変わった。
「だったら、嬉しいな。私も、ナオトとゆりさんの事大好き!」
「フフ、私も」
「じゃあそろそろ行こ! これ以上待たせたらナオトが可哀想」
「オレが何だって?」
その声にクーナの後ろに顔を向けると、焦れて我慢が出来なくなったのか、ナオトがこっちに戻ってきていた。クーナとゆりは不機嫌そうなナオトの顔を見て、優しい微笑みを浮かべる。
「エヘヘッ、皆ナオトの事が大好きだよって話をしてたの!」
「……ハァ?」
「ま、お前ガキだしなぁ」
「オレより酒弱いアンタが何言ってんの?」
「中身の問題だよ、中身の」
「クーナに手も出せないイ○ポの癖に」
「年中盛ってる万年発情期よりはいいだろ」
「もー! 二人とも喧嘩しなーい!」
クーナの上げた大声に、俺は肩を竦めて応える。クーナと違ってお互い本気じゃないのが解ったんだろう、ゆりは口元に手を当ててクスクスと笑っている。
「さて、そろそろ本当に行くか。……それぞれの場所に帰りに」
その空気に俺自身感じた名残惜しさを振り払うように――俺は呟き、目の前の塔を見据えた。
石造りの塔の中は、ひんやりとした空気に包まれていた。所々に明り取りの窓があり、視界に困る事はなさそうだ。
「何だかちょっと、探検してるみたい」
「うん! ひいおじいちゃまの時代は、きっとこんな風に見知らぬ遺跡を探索したりしてたんだろうな」
クーナだけでなくゆりまでもこの塔に興味津々らしく、二人は目を輝かせながら辺りを見回している。……もしかしたらゆりには、「未知のものを楽しむ」っていう冒険者に一番必要な素質が備わっているのかもしれないな。
「俺はこんなカビ臭いとこ、早く出たいけどなー」
一方ナオトはと言えば、そんな女性陣の反応が理解出来ないという風に顔をしかめている。ま、これが普通の反応なんだがな。
塔は大部屋が各階一つに、それを取り囲む螺旋階段で構成されているようだ。階段と部屋は石壁で仕切られていて、入口まで行かないと部屋の中は見渡せない。
「ハァ、ハァ……」
「ゆりさん、肩貸すよ」
「ありがとう……でも大丈夫」
「ゆり、オレが運んでやろうか?」
「駄目よ……下手したらナオトまで落ちちゃう」
最初は元気だったゆりも、塔を上っていくにつれ疲労の色が濃くなり始めた。体調が不安定なのもあるだろうが、元々俺達ほどの体力がないのだろう。
それにしても、もうどのくらい上っただろうか。外から見た塔は、それほど高くなかった筈だが……。
「!!」
不意に先頭を歩いていたナオトが立ち止まり、耳をピン、と立てる。見れば腰の尻尾の毛が、俄かに逆立っているのが解った。
「……この上、何かいる」
真剣な顔で、ナオトが呟く。
「強い魔力の匂い……なのにゆりや、クーナ達みたいなイイ匂いじゃない。……魔物のような、殺意でいっぱいの、イヤな匂いだ」
「どうやら、そう簡単には元の世界に帰れないらしいな……」
無意識に、手が腰の曲刀に伸びる。クーナもゆりも、顔に緊張を滲ませていた。
「ゆりさんはここにいて。終わったら、すぐ戻ってくるから」
「……解った。皆、気を付けてね」
ゆりがクーナの言葉に頷き、その場に腰を下ろす。俺達はそれを見届けると、再び上の階に向けて階段を上り始めた。
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