《ゆりせんせいは猫耳サイテー勇者を教育します!×星空の小夜曲》第14話 クーナの臨時魔法教室

「じゃあ、ゆりさんは、元々はナオトとは違う世界の人なんだ」


 私がそう言うと、ゆりさんは「そうよ」と小さく頷いた。改めて見ると、私より年上っぽいのにとても可愛らしい人だなと思う。


「ある日突然、自分の生まれた世界から今の世界に迷い込んで……それから色々あって、ナオトと結婚したの」

「……帰りたくならないの? 元の世界に……」


 素直な疑問をぶつけた私に、ゆりさんはちょっと困った風に笑う。そして、ぽつりぽつりと語り始めた。


「最初の頃は、不安だった。二度と元の世界に帰れないって言われて落ち込んだりもした」

「……」

「でも……そんな時いつも、ナオトや、今の世界で出会った人達がいてくれた。そうして過ごすうち、思うようになったの。『ここが私の生きる世界だ』って」


 優しく微笑んだゆりさんの目に、迷いはなくて。本当に、今暮らしている世界の事が好きなんだって感じ取れた。

 ……そうだよね。生まれた場所だけが故郷じゃない。住む事で、そこが故郷になる事だってあるんだ。


「……ゆりさんは、今、幸せなんだね」


 心から、私はそう思った。今の世界を故郷にしようと思えるほどの出会いに、ゆりさんは恵まれた訳だから。

 ゆりさんは、私の言葉に軽く目を瞬かせて。それから、ふわりと笑った。


「うん。とても幸せ」

「いいなぁ、そういうのって」

「ふふ、クーナちゃんだって幸せそうだよ」

「え?」


 その言葉に、今度は私が目を瞬かせてしまう。私が、幸せそう……?


「サークさんと一緒にいる時のクーナちゃん、とっても幸せそう」

「!!」


 一気に、血液が沸騰した。え、え……見抜かれてる!?


「ち、違うの、あの、そういう訳じゃっ」

「大丈夫。誰にも言わないから。こういうのは自分の口から伝えなきゃだもんね」

「う、うー……」


 完全に図星で、私は、ただ唸る事しか出来ない。や、やっぱり大人の女の人は色々鋭い……。


「……あのね、クーナちゃん。代わりって訳じゃないんだけど……一つ、お願い事をしてもいいかな?」


 不意にゆりさんが眉を下げ、少し申し訳無さそうに言う。何だろうと思いながら、私は小さく頷いた。


「その……クーナちゃんって魔法使い……よね? その格好からすると」

「うん、そうだよ」

「なら……私に、魔法を教えて欲しいの」


 予想外のお願いに、私は思わずキョトンとしてしまう。そんな私に、ゆりさんは縋るような目を向ける。


「私の生まれた世界には、魔法ってなくって。だから自分に魔力があるって知った時から、ずっと魔法が使ってみたかったの。でも今の世界では、魔法は限られた人にしか伝えられてないみたいで……」

「だから、私の魔法を?」

「勿論、無理にとは言わないけど……」


 それくらいなら、お安い御用だ。私も人に教えるのは初めてだから上手くいくかは解らないけど、応えてあげよう!


「いいよ! 他ならぬ、ゆりさんの頼みだもん!」

「……! クーナちゃん、ありがとう!」

「じゃあ、一番簡単な魔法を教えるね!」


 力強く笑って、私は左手を掌を上にして前に出す。そして意識を集中し、唱えた。


「『いでよ炎よ』!」


 直後、前に出した掌の上に、何もない空間から小さな火の玉が生まれる。それを見たゆりさんの目が、子供みたいにキラキラと輝いた。


「凄い……これがクーナちゃんの世界の魔法……!」

「エヘヘ……そんなに喜んで貰えると照れちゃうな……」


 再び意識を集中して、今現れた火の玉を消す。ゆりさんはやっぱり目を輝かせて、私に聞いてきた。


「クーナちゃん、私にも出来るかな?」

「うん! とりあえず、私の言う通りにしてみてね。まず私がしたように手を出して」

「解った。こう?」


 言われた通りに、ゆりさんが掌を上に向けて手を前に出す。私は小さく頷くと、次のステップに入った。


「そうしたら頭の中で、火をイメージするの。大きさとか熱さとか、なるべく具体的に」

「や、やってみるね」


 ゆりさんの目が、真剣に自分の掌を見つめる。無意識に力んでいるのか、肩が少しだけプルプルと震えていた。


「十分にイメージしたら、こう唱えて。『いでよ炎よ』!」

「い、『いでよ、炎よ』!」


 その、次の瞬間。


 ――ゴオオオオッ!


「……キャアアアアッ!?」


 ゆりさんの掌から、巨大な火柱が立ち上る。私もゆりさんもあまりの勢いに驚いて、咄嗟に反応が出来なかった。


「ゆ、ゆりさん、火を消して!」

「ど、どうやって!?」

「さっきとは逆に、火が消えるように念じるの!」

「わ、解った!」


 指示通りにゆりさんが目を閉じて一生懸命念じてる間に、私はローブを脱いで部屋に引火しないよう火柱に被せる。間も無く、ローブの下の熱がフッと消える感覚がした。


「ハァー……消えたみたい」

「ほ、本当? 良かった……」


 顔を見合わせ、二人でホッと息を吐く。と、ゆりさんの視線が私の足に注がれた。


「クーナちゃん、その怪我……」

「え?」


 言われて思い出す。この世界に来る前にした足の怪我を、そのままにしていた事に。


「あ、これ? 大丈夫、大した怪我じゃ……」

「見せて」

「え?」

「ちゃんと見せて!」


 真剣な表情のゆりさんに気圧されて、私はズボンを脱いで足の怪我を見せる。三筋の爪痕は、今も生々しい傷として足に残っている。

 私の傷を見て、ゆりさんが辛そうな顔になる。荒事に慣れてなさそうなゆりさんには、酷い怪我に見えるのかもしれない。


「女の子なのにこんな……痕が残ったら大変よ」

「大丈夫だよ。それに今は、すぐに傷を塞ぐ手段もないし……」

「……クーナちゃん、ちょっと動かないで」


 とにかくゆりさんを安心させようとする私に、ゆりさんは何故か詰め寄ってくる。その妙な迫力に動けないでいると、ゆりさんが身を屈め、足の傷をそっと舐めた。


「……っ!?」


 あまりにも突然の行為と痺れるような痛みに、思わず体が強張る。ゆりさんは暫く傷口を舐めていたかと思うと、やがて、ゆっくりと身を起こした。


「……うん、良かった。ちゃんと塞がった」

「え?」


 その言葉に、反射的に足の傷を見る。するとさっきまでそこにあった筈の傷が、綺麗サッパリなくなっていた。


「え……これって?」

「説明が遅れてゴメンね。私の唾液とか、血液とか……要するに体液には、傷や呪いを癒す力があるみたいなの。それで、クーナちゃんの怪我も治せたらって……」

「そ……そうだったんだ。ちょっとビックリしたけど平気。ありがとう、ゆりさん」


 眉を下げ少し申し訳無さそうにするゆりさんに、お礼を言う。……さっきの魔法の威力といいこの能力といい、ゆりさんってもしかして凄い力の持ち主なんじゃ……?


「よし、じゃあ、さっきの魔法、もう一度試してみてもいい?」

「え? またやるの?」

「クーナちゃんの魔法が私にも使える事は解ったから、なら、きちんとマスターしたいの!」


 両の拳をグッと握って、やる気を見せるゆりさん。それを見ていると、私も力になりたいってそう思えてくる。


「解った! じゃあとことんまで付き合うよ!」

「ありがとう、クーナちゃん!」


 私達は見つめ合い、そして、互いに笑い合った。



 ……その後、私が、ゆりさんのあまりのコントロール力の無さに四苦八苦するのは、また別の話。

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