《ゆりせんせいは猫耳サイテー勇者を教育します!×星空の小夜曲》第9話 アイツはゆりじゃないのに

 サイクロプスが倒れても、ナオト以外の一同は固まったまま動かない。そんな様子に、ナオトはわざとおどけて笑ってみせた。


「ん? どしたの、オレの強さに見惚れちゃった?」

「お、お前……一体何者なんだ……?」

「だから言ってるじゃん、『紅い勇者』のナオト様って。ま、この剣抜いちまったせいで、マジモンの勇者やらされてた時期もあったけどさ」


 呆然としたサークの問いに、ナオトはあくまで軽い調子で返す。それは、これまでの人生の中で身に付けたナオトなりの処世術。

 本音を見せない、悟らせない。他人を深く踏み込ませない。

 一歩引かれる扱いには慣れている。それでいい。誰も自分を信じないし、自分も誰も信じない。そんな生き方しか出来ないと思っていた――彼女に、ゆりに会うまでは。

 ゆりは、するりと人の心に入り込む。そしてその心に、優しくそっと寄り添う。

 凍てついた心を暖かく溶かした、ナオトにとっての太陽。それが、ゆりという存在。

 だから、ナオトにとってゆりは特別だ。他に替えなどいる筈もない、ただ一人の人。

 ゆりさえいれば、他には何も――。


「すっっ……ごーい! 強いんだね、ナオトって!」

「へ?」


 そう思っていた矢先。まるで子供のような素直な感嘆の声に、ナオトは目を瞬かせた。

 見ればクーナが無邪気に瞳を輝かせ、ナオトを見つめている。それは単純な羨望とはまた違った、みなぎる力を感じる眼差しだった。


「ね、ね! 落ち着いたらでいいから、一回私とも手合わせしてよ! まだ未熟だけど、簡単に負けたりなんかしないんだからね!」

「……」


 ナオトはクーナを、ジッと見つめ返す。黒く長い髪以外、何もかもゆりには似ていない筈の彼女。

 さっきまでは、ゆりがいなかったからそんな錯覚をしたのだと思っていた。今はちゃんと、ゆりがすぐ側にいるというのに。


 どうして――クーナにゆりと同じものを感じ取ってしまうのか。


「……どうしてもって言うならやってやってもいいけど。負けて泣いても知らねーぞ?」


 そんな内心を隠すように、胸を張り笑ってナオトは答えた。するとクーナは、イーと歯を剥き出しにする。


「子供じゃないんだから泣きませんよーだ!」

「ガキじゃん。体の発育もイマイチだし」

「テメッ……うちのクーナに何セクハラ発言かましてやがるコラァ!」

「ちょっ、サーク落ち着いてー!」


 そこにサークまで加わって、辺りは一気に賑やかになる。別に何でもない、普通のやり取りの筈なのに――。


 何故かそれに、安らぎを覚えるナオトがいた。


「ナオト、大丈夫? 本当に怪我はない?」


 クーナが必死にサークを抑える中、ゆりがナオトに歩み寄り、寝着の袖でナオトの顔に付いた血糊を拭う。優しく笑うその顔は、慈愛の感情で満ちていた。


「ダイジョーブ。ゆりは心配性なんだから」

「ナオトは確かに強いけど、いつも無傷でどうにか出来るとは限らないでしょ? 心配するのは当たり前よ。良かった、怪我がなくて」

「ヘヘ、ゆり、アリガト」


 そんなゆりに応えるように、ナオトもふにゃりと笑う。ゆりはナオトの顔を見つめ、不意にこう言った。


「……ナオト、いい顔してる」

「え?」

「二人きりじゃないのに、二人きりの時だけする顔、してるよ」


 そう言って、ゆりはナオトの頬に手を伸ばす。血糊の取れた頬をゆっくりと撫でるその姿は、何だか嬉しそうで。

 彼女が嬉しいならば、自分も嬉しいと。そうナオトが口にしようとした――刹那。


「……っ……」

「!? ゆり!?」


 ゆりの体が、突如ぐらりと傾ぎ。ナオトの胸に、力無く倒れ込んだ。

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