《ゆりせんせいは猫耳サイテー勇者を教育します!×星空の小夜曲》第5話 オレのゆりに近付くな

「じゃあここは、私のいた世界とは違う世界っていう事?」

「そ。コッチじゃアンタみたいのを『召し人』って呼んでんの」


 ナオトの説明はあまり丁寧とは言えなかったが、クーナは正しく理解出来たようだった。クーナはナオトの言葉を反芻するように、フンフンと何度も頷いた。


「召し人は保護しなきゃなんない、って決まりに一応なってるらしくてさ。それでアンタを連れてってるワケ」

「そっかぁ……寝泊まりする所に困らないのはありがたい……のかな?」


 どうやらクーナは、ナオトより年下に見えるものの先の事をしっかりと考えているようである。そういうところもゆりに似ていると、ナオトは思った。


「ところでさ。……アンタ、どっかケガとかしてね? さっきからスッゲー匂うんだけど」

「え?」


 唐突なナオトの疑問に、クーナは目を瞬かせる。しかしすぐに何かに気付いたように、着ているローブの裾を持ち上げた。

 するとふくらはぎの辺りに、鋭い爪で切り裂かれたような傷が三筋、生々しく残っていた。既に血は止まっていたようだったが、年頃の少女が負う傷としては十分に痛々しい。


「道理で痛むと思った。かわしたつもりだったけど貰っちゃってたんだ……」

「何だソレ。何に引っかかれたの?」

「あー……アハハ。魔物とやり合った時にちょっと」

「は? ……アンタが?」


 意外な返答に、流石のナオトも少し驚く。ナオトの世界でも女性の冒険者はいたが数はかなり少なかったし、クーナぐらいの年齢の女冒険者となればもっと数が少ない。ましてクーナは、とても荒事が得意といった風には見えなかった。


「そうだよ? 私、こう見えても結構強いんだから!」

「……アンタの世界って、アンタみたいなのがフツーなの?」

「ん? 結構普通なんじゃないかな?」


 思わずナオトが問うと、クーナはあっけらかんと頷き返す。どれだけ物騒な世界から来たんだと、ナオトはげんなりした気分になった。


「とにかく、ソレ、何か巻いといてくれるだけでも助かるんだけど。アンタの匂いが強すぎて、ゆりの匂いがよくワカンナイからさ」

「あんまり女の子に匂う匂う言わないで欲しいんだけど! って言っても応急セットはサークが……ああ!」


 突然、何かを思い出したようにクーナが大声を上げた。間近で聞いてしまったナオトは、鼓膜が揺れる痛みに思わず顔をしかめる。


「オイ、いきなり大声……」

「もう一人! 召し人が来てるかもしれないの!」

「は?」


 文句を言おうと口を開いたナオトだったが、初めて見るクーナの慌てた様子にひとまずそれを中断する。それにクーナの言った内容も、簡単には聞き捨てならないものだった。


「もう一人、召し人?」

「そう! 私達、一緒に崖から落ちたんだもん。私が来てるならきっと……!」

「ちょっ、落ち着けって!」


 すがるように詰め寄ってくるクーナを、ナオトは一旦手で押し止める。クーナは先程までの元気さが嘘のように、不安げに瞳を揺らしている。


「どうしよう……無事だったら、きっと私を探してる。早く見つけなきゃ……」

「よくワカンナイけど……連れがいたの?」

「うん……大切な人」


 目を伏せ俯いたクーナに、ナオトの中で、少し前の自分が重なった。消えてしまったゆりを、当てもなく探しさ迷っていた自分。


「……何とかなるって」


 気が付けば、ナオトはそう言っていた。他人の事などどうでも良かった筈の自分が誰かを励ます言葉を自然と口にした事に、少し驚きながら。


「きっとまた会えるって。ソイツと。五千年かけてゆりを見つけたオレが言うんだから間違いナシ」

「ごせん……ねん?」

「オレは何度だってゆりを見つけるし、アンタも、きっとソイツに会えるよ」


 力強く笑ったナオトを、クーナが顔を上げて見つめる。やがて――その顔が、小さく破顔した。


「……ありがとう、ナオト。うん。まずはゆりさんを見つけなくちゃ!」

「ん。ゆりを見つけたら、オレも、ソイツ探すの手伝ってもいいから」

「うん、ありがとう!」


 完全に笑顔に戻ったクーナを、どこかホッとして思いで見つめたその時。ナオトの鼻が、新たな匂いを捉えた。

 濃厚な魔力の香り。それでいて強く、獣の本能を刺激する。

 この蠱惑的な匂いの持ち主を――ナオトは、一人しか知らない。


「……ゆり!」

「あっ、ナオト!?」


 それを認識した瞬間。ナオトは、他の総てを忘れて走り出していた。



 ナオトは駆ける。己の求める匂いの元へと、ただ一直線に。

 その姿はいつの間にか、美しい獣のものへと変わっていた。豹に似た体躯と、白金の体毛に散る黒のまだら。頭部から背中に向けてたなびく赤銅色のたてがみとギラギラと光る金色の眼だけが、人としての姿の面影だった。


 ゆり。ゆり。――ゆり!!


 心の中で、何度も愛しい彼女の名前を呼ぶ。もっと速く彼女の元へと、しなやかな筋肉が躍動する。

 そしてナオトの眼は。遂に、求めていたその人を映し出した。


「――ガアァウッ!」

「キャッ……!?」


 勢いのままに、その体を全体重をかけて押し倒す。愛しい人――ゆりは、短い悲鳴をあげると簡単にナオトに組み敷かれた。


「ナ……ナオト!? 何で獣になって……!?」


 目を丸くするゆりの顔を、ナオトは漸く会えた喜びと共にペロペロと舐め回す。初めはいきなりの事に驚いていたゆりも、すぐに笑顔になってくすぐったそうに目を細めた。


「フフッ……もう、ナオトったら、くすぐったい」

「ガウ、ガウ」


 美しい獣と女性が睦み合う、それは微笑ましい光景にも見えたが……。次第にナオトの舌は、顔から首筋、首筋から胸へと移動し始めた。


「ち、ちょっと、ナオト!?」


 異変に気付いたゆりが慌てて身を起こそうとするも、完全にナオトにマウントを取られている態勢では上手くいかないようだ。それでもナオトを止めようと、ゆりは必死に声を上げる。


「待ってナオト、今は本当に駄目なの! 今ここには……!」

「……ッラアアアアア!!」


 しかしゆりが言い終えるより早く、ナオトの体は横に吹き飛んでいった。いや、蹴り飛ばされた・・・・・・・のだ。

 ゆりに夢中になっていた為に完全に不意を突かれた形になったナオトだが、痛みはあるものの蹴られた程度では大したダメージもなく、すぐに立ち上がり体勢を立て直す。だがそこで、彼の目にある光景が飛び込んできた。


 それは、見知らぬ男が、ゆりの体を抱き起こす姿だった。


「大丈夫か!? 怪我は!? すまない、俺が一人にしたばかりに……!」

「サ、サークさん……?」


 ゆりの唇が、男の名らしき言葉を紡ぐ。どうやら先程の蹴りは、この男が入れたようだった。

 折角の再会を、邪魔された。更に、ゆりと親しげな口まで聞いている。それだけで、ナオトが男を敵視するには十分だった。


「見慣れない魔物だが、こっちも腕には覚えがあるんでな。倒させて貰う!」

「ち、違うんですサークさん! 彼は……!」


 剣を抜く男を、ゆりが慌てて止めようとする。ナオトはそれを待たず、人に戻り、叫んだ。


「オイ、アンタ……何オレの許可なくゆりに近付いてんだよ!!」

「っ!? 魔物が人間の姿になった!?」

「もー! 私足怪我してるのにー! やっと追い付い……あれ?」


 男を睨み付けるナオトの背後から、更に、ナオトを追いかけてきたらしいクーナも現れる。ただ一人これまでの経緯を知らないクーナは、向かい合う二人の男達を見ながら呟いた。


「こ、これ、どういう状況……?」


 彼女の質問に答えてくれる者は、誰もいなかった。

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