《ゆりせんせいは猫耳サイテー勇者を教育します!×星空の小夜曲》第2話 その耳って本物?

 ――運が悪かった。

 私達は、足場の悪い山道を進んでいた。もっと安全なルートはあったんだけど、こっちの方が目的地までは近道だったのだ。

 そこに、道を塞ぐように魔物が現れた。私達は不安定な足場に苦戦しつつも、何とか魔物と戦っていた。

 ――けれど。


「キャッ……!」

「クーナ!」


 魔物の暴れる衝撃で、突然足場が崩れた。私も、サークも、魔物も、皆為す術なく宙に投げ出されて――。

 ――そこで、私の意識は途切れた。



「……い、おい」


 どこかで誰かの声がする。誰か知らない男の人の声。


「おい、起きろって」


 その声に、沈んでいた意識が急浮上を始める。だんだん、ゆっくりとクリアになっていく思考。


「おーい、起きろー」


 そして、頬を軽く叩かれる感触に――私は、目を開いた。


「お、やっと起きた」


 目の前に見える、若い男の人の顔が言う。誰なのか、とりあえず私には覚えがない。

 顔は、美形が多いと言われる種族のエルフであるサーク並に整ってるけどちょっと軽薄そう。髪の色は赤で、瞳は私と同じ金色だ。

 でも、それ以上に目を引くのが――。


 ――頭の上にピョコンと生えている、一対の猫耳。


 ……え、何これ。仮装?

 それにしては、見た目がリアルって言うか……。何だか今にも動き出しそう。


「……何。オレがあんまりカッコ良くて、見惚れちゃった?」


 そんな私の視線をどう勘違いしたのか、男の人が得意気に笑う。私は身を起こすと、思い切って男の人に尋ねてみる事にした。


「……あの」

「ん?」

「その頭の耳って本物?」

「は?」


 途端、男の人の表情が怪訝なものに変わる。そして、愚問だとばかりに鼻を鳴らした。


「トーゼンだろ。アンタにだってあるだろ、耳」

「ないよっ! あ、いや、あるけどその位置にはない!」

「は? だってアンタリスだろ?」

「リッ……」


 今度は、私が唖然とする番だった。い、幾ら何でもリスと間違われた事はない!


「そ、そんな訳ないでしょー!? どこからどう見ても人間でしょー!?」

「ウソ吐くなって。人間がんな高い魔力持ってる訳ねーじゃん」

「ま、魔力?」

「そ、魔力。アンタからスッゲー匂ってくる」


 に、匂うって、これでも一応臭くならないように気を付けてるんだけど……。とにかく今は、変な誤解を解かないと!


「ほら! 私の頭に耳なんてないでしょ!?」


 仕方無く私は、被っていた黒い三角帽子を外して頭を見せた。男の人の目が、マジマジと私の登頂部を見つめる。


「マジだ……じゃあホントに人間? でも人間がこんなに匂うって……あ!」


 と突然、何かに気付いたように男の人が大声を上げた。同時に頭の耳と、今まで気付かなかった後ろの尻尾がピン、と伸びる。


「な、何?」

「アンタ、ゆりと同じ……『召し人』か!」

「メ、メシビト?」


 男の人の口にした耳慣れない言葉に、私は思わずキョトンとしてしまう。そんな私を余所に、男の人は一人納得したようにウンウンと頷いた。


「召し人って、ゆりじゃなくもイイ匂いなんだな! まぁゆりの方が、ずっとずっとイイ匂いだけど」

「あ、あの……?」

「あ、でも、召し人ほっといたらまたアイツらに何言われるか解んねーなぁ……クッソ、こっちはゆりを探すので忙しいってのに」

「えーと……?」


 一人で勝手に話を進めていく男の人に何て口を挟んだらいいのか解らなくて、私は戸惑う事しか出来ない。どうしようかと私が悩んでると、不意に男の人が手を差し出した。


「オレと来て。街まで連れてくから。メンドクセーけど、召し人は保護する決まりって事になってるらしーし」

「え、あ、うん……?」

「その代わりオレ今人探してるから、そのついでな」


 あまりの急展開に、一瞬男の人の手を取るべきか迷う。けど続けられた言葉に、私は反射的に聞き返していた。


「……人を探してるの?」

「そ。オレの、大切な家族」

「なら、私も手伝うよ!」

「え?」


 私がそう申し出ると、それが意外だったのか男の人が目を瞬かせる。そして、混乱したような顔で逆に問い返してきた。


「……何で?」

「何でって、大切な人なんでしょ? だったら早く会わせてあげたいもん!」


 「ね?」と笑うと、男の人は少し真剣な顔になる。それをジッと眺めていた私に、やがて、男の人は言った。


「……アンタ、変なヤツ。でも……髪の色と匂いしか似てないハズなのに、ゆりに似てる」

「ゆりって、探してる人?」

「ん。オレの奥さん」

「そっかぁ……えへへ、私も早く会いたいな!」

「……」


 男の人の手を取り、立ち上がる。着ている黒いローブに付いていた土を払う私を、男の人は何だか複雑そうに見つめていた。


「よし、行こ!」

「……アンタ」

「え?」

「アンタ、名前は?」


 不意に、男の人がそう問いかけてきた。私は笑って、それに答える。


「クーナだよ、あなたは?」

「ナオト。あ、オレを呼ぶ時はナオトね。『紅い勇者』のナオト様、これ、この世界のジョーシキ」

「そっか。よろしくね、ナオト!」

「だからナオトだって。人の話聞いてる?」


 呆れたように言う男の人――ナオトに、私はクスクスと笑い返す。ちょっと変わったところもあるけど、とりあえず悪い人じゃないみたい。


 ……そういえば、私、崖から落ちた筈なのに、何でこんな所にいるんだろう?


 考えたけど、その疑問に対する答えは出なかった。

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