《ゆりせんせいは猫耳サイテー勇者を教育します!×星空の小夜曲》第1話 ゆりはどこ?

 ――ナオトが目を覚ますと、そこは見知らぬ森の中だった。


「……え?」


 あまりに理解しがたい状況に、一気に目が覚めたナオトは目を瞬かせる。何故なら、自分が今こんなところにいる筈がないのだから。

 ゆうべはギルドの依頼を終え、久々に愛する妻のいる自宅に帰ってきた。そして妻とたっぷりと愛し合い満足しながら眠った、その筈だった。


「……っゆり!? ゆりは!?」


 そこで己にとって最も大事な事柄に思い至って、ナオトはガバッと身を起こした。しかし辺りには寝る前に着ていた服と彼の愛剣、神剣オスティウスが落ちているばかりで、愛する妻の姿は影も形もない。


「ゆり! ……ゆり! どこ!?」


 声を張り上げ、必死に愛する妻――ゆりの名を呼ぶ。しかし辺りからは、鳥の鳴き声くらいしか返ってこない。

 ナオトの心に、焦燥が広がる。もしゆりを失ってしまえば、自分は――。

 落ちていた衣服を乱暴に引っ掴み着替えると、ナオトはオスティウスを手に駆け出した。


 行けども行けども、見えるのは森の木ばかり。ゆりどころか、人っ子一人見当たらない。

 ここに来てゆりの行方にばかり執心していたナオトも、少し妙だと思い始めた。そもそも、前提からしておかしいのだ。

 仮に、誰かがゆりをさらいここに自分を運んだのだとする。だがいくら依頼と情事に疲れていたとは言え、自分がその気配に最後まで気付かないとは思えない。

 もっとおかしな事は、オスティウスがここにあるという事だ。この事はナオトに気付かれず、自宅から二人を移動させる事以上に有り得ない事だった。

 オスティウスは神に選ばれし者だけが扱えると言われている神剣。ナオトにとっては「使えるものはとりあえず使う」程度の認識しかされていないが、その特性故に、現在の所有者であるナオト以外には持ち上げる・・・・・事すら出来ない・・・・・・・

 それがナオトと共に、ここにある。これが最も不可解な事柄であった。


「クッソ……一体何だって……ん?」


 焦りと苛立ちを募らせるナオトの鼻が、その時不意に匂いを捉える。それは、強烈な魔力の香り。

 ナオトは人間ではない。耳や尻尾といった獣の特徴を体に残した、獣人なのである。

 獣人は普通の人間よりも鼻が利く。それはただ匂いをかぎ分けるだけではなく、その人物が持つ魔力をも敏感に感じ取る事が出来る。

 特にナオトは神獣人という特別な獣人であり、その能力が極めて強かった。その彼が魔力の香りを捉えたという事は、近くに魔力を持つ人間がいるという事を意味する。

 そしてこれほどまでに強い魔力の香りを持つ者を、ナオトはゆりしか知らない。ならば、この匂いを発しているのはゆりしかいない。


「……でも、変だな? いつもと違う……」


 しかしナオトの本能は、そこに小さな違和感を感じる。これほどまでに強い魔力の持ち主など、ゆりしか有り得ない筈なのに。


 いつもゆりの匂いを嗅ぐと同時に感じる、本能を揺さぶるような強烈な衝動が、今は全く感じられないのだ。


「……ま、いっか。ゆりには違いないし」


 だが元々物事をあまり深く考えるという事をしないナオトは、その違和感をすぐに打ち消した。早くゆりに会いたい。それだけが、ナオトの心を占める総てだった。

 もうすぐゆりに会えると疑う事もなく。ナオトは、急いでその匂いを辿っていった。



「おーい、ゆりー。オレはここだよー。返事してー」


 時折そう声を上げながら、道なき道をナオトは進む。先に進むにつれて、鼻に感じる匂いはますます濃厚になっていった。

 ゆりがこれほど匂うのは、いつも沢山汗を掻いた時。もしくは――怪我をしている時。


「……怪我?」


 その可能性に初めて思い至り、ナオトは慌てる。もしもゆりの綺麗な体に、傷でも付いていたら。


「ゆりの体に痕を付けていいのはオレだけなのに……っ!」


 他人が聞けば身勝手な、本人からすれば真剣な想いを口にしながら、ナオトの足が速まる。そして遂に、匂いの元へと辿り着いた。


「ゆりっ! ゆ……り……?」


 しかし、そこに倒れていたのは。


「……誰だ、コレ?」


 長い黒髪しかゆりとは共通点のない、黒いローブを身に纏った少女だった。

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