《ラクリマの恋人×星空の小夜曲》第5話 アンタは俺のもの
もしも妹がいたら、こんな感じなのだろうか。
目の前のクーナという少女と話をしながら、セシリアはそんな事を考えていた。少女は今までセシリアが接してきた、どんな女性とも違っていた。
服装は、確かに変わっていると思う。けれどそんな事は、セシリアには問題にならなかった。
よく笑い、よく驚き、理不尽には怒り、悲しい時には素直に悲しむ。そういった少女の反応総てが、セシリアの目には酷く好ましく映った。
「ねえねえ、それで? その話、もっと聞きたい!」
セシリアの話の一つ一つに、少女はそうやって興味を持つ。そんな少女に自分の話を語って聞かせる事は、セシリアにとってとても新鮮な事だった。
セシリアには、ある時より過去の記憶がない。海辺の村で倒れていたところを村の修道院に拾われ、育てられたのだ。
そんなセシリアにとって、常に物事は誰かから教わるものだった。過去を知る為アデルと旅に出て、今こうしてトキと共にいるようになってからも、それは変わらなかった。
だから今、こうして自分から誰かに何かを教えられる事がセシリアには嬉しかった。そんな日がこうして来るなんて、思いもしなかったのだ。
「……ふふ」
突然セシリアが笑ったので、少女は不思議そうな顔になった。そんな素直な様子は、今はここにはいないアデルを思わせる。
「どうしたの? セシリアさん」
「いえ、クーナさんは可愛らしいなって思って」
「へっ!?」
正直にセシリアが告げると、少女はみるみる頬を朱に染めていく。ああ、本当に可愛らしいな、とセシリアは思った。
きっと彼女は、とても愛されて育ったのだろう。連れだという人にも、沢山大切にされているのだろう。
セシリアも、故郷の修道院の人々には大切に扱われてきた。けれど――。
「本当に……とても可愛らしいです」
一生懸命に笑顔を作る。羨ましいと思ってしまった。きっと自分にはないものを沢山持っている彼女が。
自分には――その資格などないと言うのに。
そんなセシリアを、少女はじっと見つめる。そして顔を朱に染めたまま、こう口を開いた。
「……姉様」
「!?」
あまりにも予想外の言葉に、今度はセシリアが赤くなってしまう。少女は慌てたように、セシリアに向けて続けた。
「ご、ごめんなさい! セシリアさんみたいな人が姉様だったらなって、そう思ったら、つい……」
姉様。姉。お姉ちゃん。
まさか小さい子以外が、自分をそう呼んでくれるとは思わなかった。だって自分はいつも、修道院の皆にも、トキにも、守られるばかりだったから。
けれど、もし今だけ逆の立場になる事が出来るなら――。
「め、迷惑ですよね……今日初めて会った相手にそう呼ばれるなんて……」
「……迷惑なんかじゃ、ないですよ」
恥ずかしそうに顔を俯ける少女に、今度は本心から微笑みかける。こんな自分を姉と呼んでくれる事、その事が純粋に嬉しかった。
「今日からクーナさん……クーナちゃんは、私の妹です。駄目ですか?」
「……! 駄目じゃない! 凄く嬉しい! ありがとう、姉様!」
「キャッ……」
満面の笑顔で、少女がセシリアに抱き付いてくる。セシリアはその勢いに一瞬体を押されながらも、少女を優しく抱き止め頭を撫でた。
――そんな二人を見つめるトキの目に微かな苛立ちが宿っていた事に、気付いた者は誰もいなかった。
霧明かりのせいか夜になっても辺りは薄闇を保っていたが、流石にお互いが解りにくいと、クーナが中央の暖炉に火を点けた。その手慣れた動作に、セシリアは思わず感心した。
クーナは自分より年は若いが、旅に身を置いた期間は自分よりも長いらしい。セシリアは思いの外逞しいこの妹に恥ずかしくない姉でいようと、密かに決意を固めた。
食事はいつもなら森で食料を集めるのだが、霧が深く外に出られそうになかったので、クーナの持っていた食料を皆で分ける事になった。トキは最初警戒して食べようとしなかったが、クーナが先に同じ食料を食べてみせると、漸く食料を口に運ぶ気になったようだった。
そして――。
「……おい」
セシリアとクーナが互いに尽きぬ話をしていると、不意にトキが口を開いた。セシリアはクーナとの話を止め、トキを振り返る。
「どうしたんですか、トキさん?」
「どうしたじゃねえだろ。まさか忘れてるんじゃないだろうな。――
「……っ!」
トキの言いたい事が解り、セシリアは顔を真っ赤にしてしまう。……そう。自分がトキと共にいるのは、
トキの身を蝕む、魔女の呪い。その進行を遅らせる薬となるのが、光属性を持つ者の……つまり、
体液をやり取りするとは、要するに、そういう事をしなければならない訳で――。
「……うぅ……」
ちら、とセシリアはクーナを見る。二人のやり取りの意味が解っていないクーナは、当然ながら目を丸くしキョトンとしている。
一日一度はクスリのやり取りを行わなければ、トキの呪いはあっという間に進行してしまう。だからと言って、クーナを一人無下に追い出す訳にはいかない。
――つまり、クーナの前で
(どうしよう……こんな事になるなんて考えてなかった……)
今までは、アデルがいた時もあったが、基本的には二人きりだった。だから恥ずかしさはあっても、行為を行う事に問題はなかったのだが……。
「……人がいるから出来ませんってか? なら、俺が死んでも構わないってのか? なあ、聖女様?」
セシリアの羞恥心と罪悪感を煽るように、トキが口の端を釣り上げ笑う。それにますます赤くなったセシリアを見かねてか、クーナがサッと二人の間に割り込んできた。
「ち、ちょっと! 姉様に何しようとしてるの!?」
「あ? 関係ない奴はすっこんでろ」
「関係あるもん! 私は姉様の妹だもん!」
トキとクーナの間に、火花が舞い散る。それを止めたのは、セシリアの一言だった。
「……解りました……しましょう……トキさん」
「姉様!」
「クーナちゃん、私は大丈夫だから……少しだけ、向こうを向いてて貰えますか?」
クーナは少し不満そうにしていたが、間も無く引き下がり、二人に背を向けた。それを見たトキが、くく、と低い笑いを漏らす。
「良かったのか? 可愛い『妹』に見て貰わなくて」
「うぅ……トキさん、今日は意地悪です……!」
困った顔を見せるセシリアに、トキはどこか満足げに笑う。――セシリアも、そして恐らくはトキ本人ですら、気付いてはいなかっただろう。
いつものトキならば、少なくともクーナが寝た後に事に及ぶ程度の配慮は見せた事を。それをしなかったのは――クーナに、セシリアにより近いのは自分だと知らしめる為だという事を。
今この時、トキが、ついさっき会ったばかりにもかかわらずあっという間にセシリアと仲良くなってみせたクーナに嫉妬していたという事を。
「それじゃあ、お願い出来ますか? 聖女様」
わざと慇懃無礼に言い放つトキに、セシリアは緊張した面持ちで顔を近付ける。そして――彼の唇に、そっと自分の唇を重ねた。
薄く開かれたトキの唇に、セシリアの舌がおずおずと侵入してくる。いつも以上にぎこちないその動きは、やはり、クーナを意識してしまっているからなのだろう。
いつもならすぐに「下手くそ」と主導権を奪う筈のトキは、何故か今日に限ってセシリアのするままにさせている。その事がセシリアの羞恥心と――もう一つの感情を煽った。
――今日は、トキさんからしてくれないの?
不安を覚え、セシリアが薄く目を開ける。その目が、セシリアを見つめるトキの目とかち合った。
「……物足りないって顔してるな、聖女様」
トキの目が、小さく弧を描く。そして――セシリアの舌を押し返すようにして、トキの熱い舌が一気にセシリアの中に入り込んできた。
「んんっ……!」
心のどこかで求めていた感触に、セシリアの全身が震える。勝手気ままにトキによる口内の蹂躙が始まれば、セシリアの体の奥は否応にでも熱くなった。
もっと、もっとして欲しい。
自分は神に仕える身なのに。こんな行為に、溺れてしまってはいけないのに。
そう必死に訴える理性は、いつの間にか熱情に流され溶けた。すぐ近くにいる妹の存在も、いつしか頭の中から消えてなくなっていた。
「本当に……とんだ淫乱聖女様だな、アンタは」
嘲るようなトキの声すら、今は耳に心地好くて。違うの、トキさん。これは、きっと、あなただから――。
やがてトキの手が、セシリアのささやかな胸の膨らみに伸びる。セシリアは小さく身を捩らせ――。
「ひゃうっ」
――不意に聞こえてきたその声に、固まった。
今のは、自分の声ではない。なら――。
唇を重ね合わせた姿勢のまま、恐る恐る目を開ける。視線を横に逸らせば、そこには、耳まで真っ赤になりながら手で顔を覆い、けれど肝心の目は指の隙間からしっかり覗かせているクーナがいた。
「あっ、あっ、違うの、最初から見てた訳じゃなくてね、姉様が本当に酷い事されてたら止めなくちゃってね、それで、あの」
セシリアに気付かれた事でパニックになっているようで、クーナは辿々しく一生懸命にそう弁解する。それを一緒に見ていたトキが、小さく舌打ちをした。
「……チッ、これからだったってのに声出しやがって」
その言葉がセシリアの脳内に染み渡るのに、少しの時間を有する。つまり、彼は、見られているのを承知で事を進めていた訳で――。
「……っ、イヤアアアアアアアアアッ!!」
次の瞬間。バチンという気持ちのいい音が、小屋の中に響き渡った。
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