《ラクリマの恋人×星空の小夜曲》第4話 こことは違う世界(ばしょ)

 舌打ちをして離れていくトキさんを、セシリアさんと一緒に見つめる。どうやら私はこの人に、とことん嫌われているらしかった。


「……ごめんなさい。少し無愛想ですけど、トキさんは、本当はいい人なんです」


 こっちを振り返って、セシリアさんが困ったように笑う。私は気にしてないと、軽く首を横に振った。


 ……それにしても、どういう事なんだろう。何の予備動作もなしに魔法を使うなんて、そんなの有り得ない事だ。

 こんなちぐはぐな二人が一緒にいるのは、セシリアさんのこの力が理由? ううん、だったらトキさんは何が何でもセシリアさんを止めた筈だ。トキさんのあの態度には、私と必要以上に関わりたくない以外の感情はないように思えた。

 じゃあこれって一体どういう……。ううう……こんがらがってきたよ~~!


「クーナさんはお一人なんですか?」


 内心頭を抱えて転がる私に、セシリアさんがそう問いかけてきた。……そうだ。もしかしたらサークも一回、ここに来たかもしれない。


「あ、えっと……実は連れとはぐれちゃって……ここに来てませんか!?」

「いえ……私達がここに着いてから、来たのはクーナさんだけです」


 そう思ったのも束の間、セシリアさんに首を横に振られて私はがっくりと肩を落とす。うう……やっぱり来てないかあ……。


「お仲間さんって、どんな方ですか?」

「私と同じ冒険者で……ええと、エルフなんですけど……」

「……冒険者? エルフ?」


 けど次の私の言葉に、セシリアさんはキョトンとなって不思議そうに首を傾げた。おまけに続けて、こんな事まで言う。


「あ、もしかしてお仲間さんの名前ですか? エルフ・ボーケンシャさんって言うんですね」


 ――おかしい。


 おかしい。エルフを知らないまでは許容するとして、一般的な職業である冒険者の事まで知らない。明らかにおかしい。

 目の前のセシリアさんは、とても嘘を言っているようには見えない。これで嘘を吐いてるなら、稀代の名女優だ。

 私の知らない魔法。誰もが知っている筈の事を知らないセシリアさん。まるで、違う世界の人間のような――。


 違う世界?


 そういえば、昔サークが話してくれた事がある。世界の外には全く違う成り立ちの、別の世界が幾つもあるんだって。

 サークが私だけにこっそり教えてくれた、違う世界の侵略者と戦った秘密の話。もしここが、私のよく知っている世界ではなかったとしたら。


(もしかして、この霧は)


 いつの間にか立ち込めていたこの霧は、違う世界に繋がる通路みたいなものなのかもしれない。ここが違う世界だとしたら、今までの事に全部説明が付く。


 ……うん、不味くない?


 不味い。絶対不味い。選択肢間違えたら二度と帰れない予感がひしひしとする。

 帰れないっていう事は、お父様やお母様、兄様やひいおばあちゃま、それに、誰よりも――サーク。皆と、もう会えなくなるっていう事だ。

 そんなの、私は嫌だ。耐えられない。大切な人達に、もう二度と会えないなんて。

 今すぐ外に出る? けど、あの視界の中をずっとさ迷うのは流石に無謀すぎる。せめて霧がもっと薄くなってくれたら……。


「……クーナさん?」


 声をかけられ、我に返る。見ればセシリアさんが、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。


「一人になって、きっと不安なんですよね。解ります。私も、大切な友達とはぐれてしまったから。……でも」


 セシリアさんが柔らかく微笑み、私の銀の小手に覆われた手を取る。そしてその手を、自分の胸元に寄せた。


「大丈夫です。クーナさんのお仲間さんも、私の友達も……きっと見つかります」


 それは、とても優しい笑顔だった。私の悩みも不安も、全部包み込んでしまうような。

 ……うん、そうだよね。あれこれ考えて不安がるなんて、私らしくない。

 いつでも前を向いて突き進む……。それが私流だ!


「ありがとう、セシリアさん。セシリアさんも、お友達と会えるといいね」

「はい。……あ、そうだ、良ければ私達も、お仲間さんを探すお手伝いをしましょうか?」

「えっ」


 気を取り直した私だけど、続けて出された申し出には少し困ってしまう。だって、二人に私の世界に来て貰う訳にもいかないし……。

 ちなみにちらりとトキさんの様子を窺うと、案の定物凄く嫌そうに顔をしかめていた。だよね!


「大丈夫です、そのっ……サーク、じゃなかったエルフは物凄く人見知りだから、知らない人の前には出て来ないと思います!」

「そう……なんですか? それじゃあ仕方が無いですね……」


 残念そうに眉を下げるセシリアさんと、安堵したように息を吐くトキさん。……良かった、とりあえずは誤魔化せたみたい。

 話題を変えよう。こういう時は質問攻めに限る!


「そ、そうだ! お二人は今まで、どんなところを旅してきたんですか!?」

「私達……ですか?」

「そう! 聞きたいなって!」


 私の質問に、セシリアさんが小さく小首を傾げる。う……私より年上に見えるけどこういうとこ、小動物みたいで可愛いなあ……。


「……そうですね。私達、実は二人で旅を始めたのは最近なんです。それで良ければ」

「うん! 聞かせて!」


 そうして、セシリアさんは聞かせてくれた。ディラシネという街でトキさんと出会った事、立ち寄った村でアデルという友達とはぐれてしまった事、アリアドニアという街でトキさんに助けられた事――。

 友達が魔物だって言うのはちょっと驚いたけど、セシリアさんの世界にはきっと優しい魔物もいるんだって思い直した。アリアドニアの話は昔聞いたサークとひいおじいちゃまの冒険譚を聞いているみたいで、不覚にもちょっとワクワクしてしまった。

 そして……。


「……それで、トキさんが……」

「セシリアさん、さっきからトキさんの話ばっかりしてる」

「え?」


 私の指摘に、セシリアさんが目を丸くする。そう、セシリアさんがしてくれた話は、一緒に旅をしているという事を差し引いても全部トキさんに関する話だった。


 トキさんが。トキさんと。トキさんに。トキさんの。


 そう語るセシリアさんの顔は、とても幸せそうで。ああ、この人にとってトキさんはとても大事な人なんだなって凄く伝わってきた。


「わ、私、そんなにトキさんの話ばっかりしてました……?」

「うん。すっごく」


 頷き返した私に、セシリアさんはみるみるうちに真っ赤になってしまう。無意識にその人の事ばっかり話しちゃうほど大切って、何かいいな。

 ふと、今の話を聞いてどう思ったのか気になってトキさんを見る。すると。


 優しげな、切なげな。そんな目でセシリアさんを見ているトキさんがいた。


 思わず、目を奪われた。それは、私に向ける敵意ある眼差しとは全然違った。


 それはとても、とても、大切なものを見ている目だった。


「……おい、何見てやがる」


 その声に気が付くといつの間にかトキさんは私の方を向いて、敵意で一杯、という表情をしていた。照れているとか、そんな感じには見えない。

 ……もしかして、自分で気付いてないのかな? だとしたらこの二人は、案外似た者同士なのかもしれない。


「ふふっ、何でもありませーん」

「気味の悪い女だな……クソッ」


 悪態を吐くトキさんはひとまず置いておいて、私はまだ顔を赤くしているセシリアさんに向き直る。……何だか、この二人の事をもっともっと知りたくなってきた。


「ね、セシリアさん。セシリアさんとトキさんの事、もっともっと私に教えて!」


 そう言って、私はセシリアさんに満面の笑みを向けた。

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