《ラクリマの恋人×星空の小夜曲》第2話 果たされる筈のない邂逅
「よっし、掃討完了!」
辺りのゴブリン達が全員動かなくなったのを確認して、私はフウと息を吐く。黒焦げになったゴブリン達からは、肉の焦げる嫌な臭いがした。
突然の襲撃だった。次の国へ向かう為国境を目指していた私達は、道中で突然ゴブリンの群れに襲われたのだ。あまりの数の多さに仕方なく手分けする事になった私達だけど、お陰ですっかり連れとはぐれてしまった。
ゴブリンはそんなに強くはないけど、繁殖しやすく群れで行動する。数によっては、熟練の冒険者でも手を焼く事もある。
時刻はもうすぐ日暮れ時。丁度ゴブリン達が活動を始める時間だ。そんな時間にここを通って、運が悪かったのは私達かゴブリン達か。
「……あれ? 霧が出てきた?」
不意に、私は辺りが白い霧に覆われている事に気付く。明け方ならともかく、こんな時間に霧が出るなんて珍しい事だ。
はぐれた連れ、エルフのサークの事を思う。この霧だと、合流に難儀するかもしれない。
「サーク! いる!?」
試しに、声を張り上げてみる。けれど辺りは静まり返って、返事一つ返って来ない。
「どうしよう……どこまで行っちゃったのかな……」
私はすっかり困ってしまう。このまま動かずにサークが探しに来るのを待つかそれとも自分から探しに行くか、どちらにするかを決めなければいけない。
けど――。
「……ただじっと待ってる、なんて私のガラじゃないよね」
荷物袋の中から魔道具のポータブルカンテラを取り出し、灯りを点ける。これは少しの魔力があれば火がなくても灯りを灯せる、今時の冒険者の必需品だ。
灯りを灯した事で、薄闇が少しだけ明るく照らされる。と言っても霧が思ったより深くて、遠くまでを見通す事は出来なかった。
「サークー! どこー!?」
歩きながら何度も声をかけてみるけど、やっぱり返事はない。……おかしいな。そんな遠くまで行ってる筈はないんだけど……。
――そう、注意を一瞬散漫にさせたのがいけなかった。
ガクン。
「っ、きゃ……っ!」
気付いた時にはもう遅かった。私の足は何もない空間を踏み抜き、そのまま現れた斜面を真っ逆さまに転げ落ちていった。
「……っ、
暫く転がり続けて、地面に叩き付けられる形で私の体は止まった。全身を、ズキズキと鈍い痛みが襲う。
「良かった……カンテラは無事だあ」
カンテラを握ったままの手を見て、こんな状況でもカンテラを手放さなかった自分を褒めたくなる。見上げると白い霧と夜の闇で灰色に染まった視界には、今落ちてきた斜面の上すらも見えなかった。
「上に……戻らなくちゃ」
全身に力を込めて、立ち上がろうとする。途端、右足に激痛が走って私はまた倒れ込んだ。
「ぅ……まさか挫いた……?」
痛みに顔をしかめながら、私の心に焦りが広がる。どうしよう。このままサークと合流出来なかったら――。
「……あれ?」
その時私は、斜面とは反対側に小さな小屋が建っているのに気が付いた。灯りはなく、ここからじゃ人の気配は解らない。
「……このままここで転がってるよりはマシ、かな」
私は痛みに耐えて何とか立ち上がると、残された力を振り絞って目の前の小屋へと歩き出した。
「ごめん下さーい……」
小屋の扉をそっと開き、中を見る。途端、こっちを見る二つの視線とかち合った。
「!!」
中に人がいると思ってなかった私は、一瞬ビクッとしてしまう。そして失礼だとは思いながらも、先客の二人をマジマジと見た。
それは、とてもちぐはぐな男女の二人組だった。男の人は多分二十代くらい。顔はいい方だと思うんだけど、擦り切れてボロボロになった服装は、明らかに陽の当たる所で生きてない感じがした。
一方の女の人の方は私と同じくらいか、少し上の歳だと思う。こっちは少し汚れてはいるものの、その純白のローブは元が上等なものだって一目で解る。いかにもいいところのお嬢様、といった風体だ。
……人さらい? 真っ先に私はそう思った。世界に魔物が恒常的に沸くようになってから人による犯罪は減ったけど、それでも決してなくなった訳じゃない。
そう思う理由は、男の人の目にもある。過剰にこっちを警戒するような目。もしそれが、人に見られてやましい事をしているからだとしたら……。
(……けど、そう考えても変だ)
視線を移し、女の人の様子を窺う。彼女がこっちを見る目に、不安や怯え、またはこっちに助けを求めるような負の感情は全く見えない。ごく自然に、普通に、私を見ている。
私は俄かに混乱した。この二人……一体どういう関係なんだろう?
「あの……入られないんですか?」
「えっ?」
その時女の人から声をかけられ、ハッと我に返る。……何も言わずにジロジロ見たりして、明らかに私の方が怪しい奴じゃない!
「あっ……ごめんなさい。この深い霧で道に迷っちゃって。霧が止むまで、ご一緒させて貰っていいですか?」
「はい。勿論、構いませんよ」
「……おい」
即座に頷いた女の人に、男の人が咎めるような視線を送る。でも女の人は、その視線に気付かないようだった。
けど男の人の方も出ていけとまでは言わなかったので、ありがたく中で休ませて貰う事にする。私は足を引きずり、やっと小屋の中に腰を下ろした。
「はー……つっかれたあ」
「……あの」
ホッと一息吐く私に、また女の人が声をかける。よく見ると、澄んだ碧の目に流れるような長い金髪が素敵な可愛らしい人だ。
「はい?」
「足……お怪我をなさってるんですか?」
「……おい、セシリア」
そんな女の人に、男の人がさっきより強めに声をかける。私に関わりたくない、そんな空気を隠そうともしていなかった。
セシリアと呼ばれた女の人が、男の人を振り返る。そして見た目から想像していたよりも、凛とした様子で言った。
「だってトキさん、怪我をなさっているかもしれないんですよ。放って置けないじゃないですか」
「そいつだって自分の事は自分でやるだろ。ほっとけ」
「もう、トキさんは素直じゃないです!」
トキと呼ばれた男の人の言葉に、セシリアさんがむう、と頬を膨らませる。そんな仕草が可愛いなと、同性の私ですら思った。
「あの……大丈夫ですよ。ちょっと足を挫いただけだから、薬草巻いて暫くほっとけば普通に歩けるようになりますし」
「大丈夫じゃないです! 大変じゃないですか! 見せて下さい、すぐ治しますから」
私は気を遣わせないようそう言ったけど、セシリアさんは逆に心配そうに身を乗り出してくる。トキという人はもう、そんなセシリアさんを止めるのは諦めたようだ。代わりに私に対して、これ以上関わるなという強い威圧の視線を送ってくる。
でも、治す? という事はこの人はきっと聖職者だ。ここで聖職者の人と会えたのは、運が良かったかもしれない。
「すみません、じゃあお願いしてもいいですか?」
「はい! それでは、ちょっと失礼しますね」
トキという人の視線は無視して、ありがたくセシリアさんの申し出を受ける事にする。セシリアさんは身を屈め、私の革のブーツを脱がし始めた。
間も無く、私の素足が露になる。それは暗がりでも解るぐらい、酷く腫れ上がっていた。
「それじゃあ、じっとしていて下さいね」
セシリアさんが優しく微笑み、私の足に手を当てる。――あれ? 『
疑問に思う私の目の前で。セシリアさんの掌から放たれた淡い光が、私の足を包み込んだ。
(――え?)
一瞬、何が起こっているのか解らなかった。傷を癒す聖魔法であるヒーリング。使うには、必ず決まった『印』を手で結ばなければいけないのに。
それをこの人は、印も、詠唱すら何もなしでやってのけたのだ。
見た目だけのハッタリじゃない、その証拠に右足の痛みは急速に引いていっている。足の腫れも、みるみるうちに小さくなっていった。
「……はい。終わりましたよ」
光が収まり、セシリアさんが微笑む。あれだけ腫れ上がっていた足は、何の異常もない綺麗な足に戻っていた。
――この二人は、一体何者なの?
より大きくなった疑問を抱え、私は二人を見つめた。
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