うんこ食う奴は輪唱が好き

 やがて妹がうんこを食うようになった原因が両親にばれる時が来た。妹がうっかり口を滑らせてしまったのだ。

「なんであんた玉頃のうんちばかり食べるの?」

 ある日の朝、うんこを食べて颯爽と登校しようとする妹にオフクロが尋ねた。いつもなら、なにも答えずにそのまま行ってしまうのだが、なぜかその日答えてしまった。

「お兄ちゃんのこと好きだから」

 その一言でオフクロは気づいてしまった。

 その日の夕方、妹に聞かれないよう近所のガストで家族会議が開催された。幸いに妹は部活と道場で帰りが遅い日だったが、念には念を入れたのだ。オフクロに問い詰められて、オレは白状せざるを得なかった。

 一カ月前、オレは妹に告られたのだ。

「お兄ちゃん、好きです。受精した時から決めてました。あたしの彼氏になってください」

 もちろんオレは即座に断った。

「お兄ちゃんとつきあえないなら、毎日お兄ちゃんのうんちしか食べないけど、それでいいの? 嫌ならつきあって」

 当然、オレはどうせウソだと思ってきっぱり断った。翌朝、妹がタッパを持ってオレの部屋に乱入し、「ねえ。これにうんち入れてきて」と言った。それでもオレはまだ悪い冗談だと思っていた。まさかオレがうんこをタッパに入れて持ってくるなんて思ってないはずだ。そう考えていた。

 安倍総理の年金政策を信じる老人並にオレは甘かった。オレが妹の部屋にタッパを持ってゆくと妹は平然とそれを受けとった。やっぱり北方領土を取り返すつもりなんてなかったんだ。

「まさか本当に食わないだろ」

 そう言って笑うと、オレの目の前で妹は手づかみでうんこを食い、それを見たオレはゲロを吐き、そのゲロをまた妹が食うという地獄を召喚してしまった。ところで、もんじゃ焼き好きな人って、やっぱりゲロ食うのも好きなのかな?

「うんこ臭い生活か近親相姦か究極の選択だな。まあ、ふつうに考えたら、うんこだな」

 オヤジは理解してくれた。山本太郎を支持しているだけのことはある。

「そうだよな。オレだって考えたんだ。もしオレとあいつがつきあったとしても、やっぱりあいつはうんこ食いたがると思うんだ。だったら、うんこだけの方がマシじゃね」

 オレが説明すると、ふたりは苦い顔をした。

「欣喜は他の男の子とつきあう気はないの?」

「モテてるみたいだし、告ってる奴もいたはずなんだけどな」

「お前が他の女の子とつきあえばあきらめるんじゃないか?」

 オヤジが案を出したが、それはかなりの博打だ。

「相手の子を殺すかもしれないぞ。オレだって殺されるかも」

「いくらなんでも殺したりしないでしょ」

「いや、軽くはたくつもりでも死ぬかもしれないじゃん。クマ殺してるんだぞ。クマって軽く殴っただけで人死ぬじゃん。あれより強いんだよ」

「打つ手なしか……うんこに睡眠薬まぜて眠らせて入院させるか」

 オヤジが言うとオフクロが反対した。

「何言ってんの! あの子はうんこ食べる以外は成績もいいし、美人なんだから、入院なんかさせたらダメよ。このままうんこ食べさせてエリート人生送らせた方がいいに決まってるでしょ」

「そうだな。エリート官僚にもうんこ食べたり、縛られたりしてる人が多いそうだから、エリートだったらふつうなのかもしれないな」

 オヤジが変なことを言って賛成した。結局、みんなオレに押しつけられるのだ。モリカケ問題

「オレ、もう毎日うんこをタッパに入れて運ぶの嫌だよ」

「そうねえ。じゃあ、毎朝みんなうんちをタッパに入れることにしましょうか?」

 オフクロが意味不明なことを言い出し、全員で爆笑した。完全に我が家がうんこ屋敷になってしまう。


 でもそれも終わる日が来た。妹があきらめたんでもなく、オレが妹とつきあうことにしたわけでもない。オレが壊れたのだ。

 ある朝、いつものようにうんこを妹の部屋に持ってゆき、かわいい妹の顔を見たとたんに、オレはうんこを落とし、泣き出してしまった。自分でもわからない。突然、感情が爆発してなにもわからなくなった。床を転がり、自分のうんこを自分に塗りたくって、わんわん泣き叫んでいた。

 最初はびっくりしていた妹もなにを思ったのか泣きながらうんこを自分の身体になすりつけだし、それからオレに抱きついてきた。オレたちは互いにうんこをべたべたくっつけて泣きわめいていた。

「オレの家はうんこ屋敷ー ぶりぶりぶりぶり うんこ食う」

 わけのわからない歌が口を突いて出てきた。そしたら妹も泣きながらゲラゲラ笑って輪唱を始めた。なぜ輪唱なんだ? こんな錯乱状態で難しいだろ。

 異変に気づいたオヤジとオフクロは部屋を開けるなり、固まった。

「会社に行ってくる」

 オヤジはそう言うとその場から消えた。

 オフクロはゲラゲラ笑いながら、輪唱とうんこなすりつけごっこに加わり、オレたち三人は数時間、うんこ屋敷の歌を輪唱しながらうんこと戯れた。オレはトランス状態に陥っており、その時の記憶がほとんどない。ひどく苦しいけど楽しかったような変な感じだ。

 気がつくとオフクロや妹と一緒に部屋の掃除をしていた。その時、「ああ、終わったんだな」って気がした。

 掃除と消臭が終わると、妹がリビングでオレとオフクロに紅茶を淹れてくれた。それから床に正座した。

「ご迷惑おかけしてすみませんでした。これからは普通のご飯を食べます」

 そう言ってぽろぽろ涙をこぼした。オフクロまでもらい泣きし始めた。

「無理しないでいいのよ」

 なんて言ってる。やめろ、そんなこと言ってじゃあ明日もうんこ食うとか言い出したらどうするんだ。

「もう大丈夫。でも週に一回だけお兄ちゃんと一緒にお風呂入ってもいい?」

「それくらいいいよ」

 え? どういうことだ? オレが驚いてなにも言えないうちにオフクロが勝手に返事していた。

 さっそくその日、オレと妹は一緒に風呂に入った。もちろんキャッキャウフフなんていいものじゃない。いや、欣喜にとってはそうなんだろうけど、オレやふつうの人間には無理だ。

 欣喜の頼みで、オレは妹におしっこ引っかけてから首を絞めて、湯船に何度も顔を突っ込んだ。綺麗な妹の身体が赤く染まって、とろんとした目でオレを見つめる。

「お兄ちゃん、殺して! あたしを殺して!」

 と欣喜は大喜びで叫ぶ。オレはなんとなく嫌な気分になりながらも可哀相な妹のために、それを繰り返す。なんとなくキャプテン・マーベルを思い出した。キャプテン・マーベルもうんこ食うのだろうか?

 入浴タイムのフィナーレは、妹が「お兄ちゃん、一緒に死のう」と大声で泣き叫ぶ。なお、近所迷惑なのでうちの風呂には防音壁になっている。妹は何度も抱きつき、オレも妹を抱きしめる。なんだか切なくて泣きたくなるけど我慢する。昔、学生運動で仲間を粛正した人たちはどんな気持ちだったんだろう?


 最近のオレは森田童子の『さよなら ぼくの ともだち』ばかり聴いている。灯りを消した部屋でヘッドフォンをつけて繰り返し聴いていると、たまに妹がやってきてオレの横に座ってよりかかってくる。しばらくそうして、それから静かに部屋を出て行く。

「ごめんね」

 と一言残して。オレはいつか妹とキスしたりセックスしたりするんだろうか? ふと嫌な予感に見舞われる。空から放射能が降ってくる。粉雪のように美しく儚く、かすかに青い光を放ちながら地面に降り積もる。そして魚が出てきた日になる。

 オレの妹は最終兵器で全ての価値観と希望を破壊する。オレの人生は、シュウジとちせのアナザーストーリなのだ。世界はうんこを食う人間に支配される。オレは、喜んでうんこを食えない最後の人間になる。

「世界中の人がうんこを食うようになって、オレだけがうんこを拒否したらどうするんだろう?」

 夢うつつにひとり言を言うと、妹がオレに耳を寄せてささやいた。幼い頃にふたりで行った夏祭りの安っぽいアイスの香りがする。

「誰にもお兄ちゃんを殺させない。だって私の食べるうんちを作る人がいなくなっちゃうでしょ」

 そうかオレは世界に叛逆しても死ぬことすら許されないのだ。


 ひとつ気になることがある。オレは壊れた時の記憶がほとんどないのだが、おぼろげにオフクロや妹とセックスしたような気がする。ふたりともあの時のことは、なにも言わないのでわからないのだが、まさかそんなことないよな。

 と思っていたら翌月オフクロが妊娠したことが判明した。産むつもりだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

成績優秀、スポーツ万能、無敵の美少女の妹がオレのうんこしか食べないんだが 一田和樹 @K_Ichida

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る