第6幕 スーパーナチュラルは突然に

 休日の日曜日――逢魔が時。


 帰りの電車内は、規則的な音と心地良い振動で、無音ではない静寂を奏でていた。

 それは、睡魔を誘うには充分であり、星海燕の横では、南條優奈が、日中の疲れも相まって、うつらうつらと眠りに誘われている。

 何しろ、今日という日は、南條優奈にとって、初めて体験する事ばかりで、目紛しくも、様々な出来事が目白押しだったのだから……。






 早朝の騒動から、数十分後――。


 星海宅の居間にて、お互いに表情に困りながらも、謝罪をし合っていた。

 星海燕は、鍵をかけなかった事に――。

 南條優奈は、勝手に戸を開けた事に――。

 互いに、非が有る事を自覚し、反省した為だ。


 一通りの反省と謝罪の後――南條優奈は、気になっていた事を口にする。

「……あの……さっきの、女の子は……?」

 独り暮らしをしていると聞いていたのに、知らない女の子が居たなら、当然であろう。


「――あ、あぁ、あの子は僕の妹なんだ。独り暮らしの俺の事が心配らしくて、実家から、ちょくちょく来るんだよ」

 まるで、浮気が暴露そうな男の、使い古された言い訳のような、嘘を吐いた星海燕。大抵は、『そんなわけあるかぁ』的な流れになるのであろうが……。


「――そうだったんですね!」

……納得してしまったようである。これも、御嬢様育ちたる故であろうか。


 こうして、騒動も一段落したところで、2人は、スマートフォンを見に行く為に、駅へ向かったのである。


 昔ながらの雰囲気が漂っている、その駅は、学校からも近い。

 普段の利用は、学生達が殆どであるが、休日ともなると、やはり、疎ららしく、2人が到着した頃には、その姿も見えなかった。


 到着して、ここでまた、問題が発生した。

 なんと、自動切符売り場の前で、南條優奈は、事もあろうに、ブラックカードを出したのだ。

 訊くと、「えっ?買い物は、これで出来るって、茉由さんが言っていたから……」と、南條優奈は不安げな表情をする。

 どうやら、現金は持ってきていないらしい。

 当然、星海燕が、纏めて払う事になるのだか、南條優奈は、この事がかなりショックだったらしく、申し訳なさそうにしていた。


 しかし、電車が走り出すと、南條優奈は、驚きと感動で、笑顔を取り戻したようであった。

 今迄、如月茉由が安全運転をする高級車しか、乗った事が無い、南條優奈にとって、その感動は一入であったのだ。


 そして、目的地である駅複合施設大型ショピングモールに着いてからも、それは、新たな形として、南條優奈を包んだ。

 様々な店舗が数多く建ち並び、様々な商品が数多く並んでいる。南條優奈にとって、それは、別世界のように思えたであろう――。

 こうして、午前中は、モール内を散策して終わった。


 昼は、南條優奈強っての要望から、近くの、人気の無い公園で過ごす事にした。

 南條優奈の荷物である――大きな手提げカバンには、南條優奈お手製のサンドイッチとおにぎり、そして、柿の種が入っていた。

 初めて作った事が分かってしまうような、歪な形のサンドイッチとおにぎり。それでも、一生懸命さが伝わって来て、星海燕のお腹を満たしてくれた。

 そして、柿の種を食べながら、満面げな笑顔をしている南條優奈とイェン。

 ゆったりと過ごす事が出来た昼食は、普段よりも格別で、心地良い時間であった。


 午後には、モール内へ戻り、本日のメインである、携帯電話のショップに足を運んだのだが、南條優奈が、スマートフォンを見ながら、小声で「イェン君が、出て来易いのは、どれですか?」と、星海燕に尋ねてきたのには、苦笑で返すしかなかった。

 後はウィンドウショッピングを楽しみ――現在に至る。






 電車内で、星海燕は、今日一日の出来事を思い出し、苦笑する。

 まさか、40歳にもなって、女子高生とウィンドウショッピングをするなんて、思ってもいなかったからだ。

 とは言え、織乃宮紫慧と毎日を暮らしている事を考えれば、些細な事に思われる。


 それはさておき、星海燕と南條優奈がデートをしている間、織乃宮紫慧は、当然の事ながら、大変不機嫌な御様子であった。

 星海燕にしか見えないのであるが――現に今も、睨むように見ている。

 そんな織乃宮紫慧を、視界に入れないようにしていた星海燕の努力は、周囲の人々からは、変人に見えていたであろう。


 そんな星海燕は、現在、緩やかなる黄昏に浸りながら、窓の外を見ていた。


 電車は、自然に囲まれた中を、縫うようにして進んでいる為、一見すると、同じ映像を繰り返し見せられている様にも思われる。


“――っ⁈……?”

――それは突然の事だった。

 周囲から感じる何かが、急に変化したのだ。


 星海燕はそれを感じ取り、周囲を見るも、その何かが、分からない。

“……空気?……違う……雰囲気が……違うのか?……いや……空間?”

 隣で眠っている南條優奈を気遣いながら、立ち上がると、歩みを進める。周囲を見渡しやすくする為である。


 しかし、分からない。

 間違い探しをしている様なものだが、緊迫感が違う。


 暫くそうしていたが、星海燕は、ふと、或る考えに至り、1両編成の電車の進行方向――車両の前方へ、足早に歩き出す。


 足を止める――。


 置かれている状況を理解した星海燕は、愕然とするしかなかった。

 何しろ、居なくてはいけない人物が居なくなっていたのだ。

 この1両編成の電車には、星海燕と南條優奈しか、乗客は居ない――それは良い。帰りの際に乗り込んだ乗客は2人だけだったのだから……。

 運転士が居ないのである。


 まさか、鉄道会社は、自動運転化でも導入したのだろうか?技術的に出来なくもなさそうではあるが……。

――いや、それは有り得ない。

 安全性において、それは有り得ないのだ。

 電車による事故は、比較的起きやすい。人身事故は勿論の事、工事作業をしていての追突事故や、倒木等の自然災害による事故と、様々な事故要因が存在する。

 何しろ、在来線でも、時速95キロメートル前後が平均速度であり、ダイヤ変更や地形の影響で、速度調整をしなくてはならない。

 だからこそ、動力車操縦者――運転士、又は機関士が必要なのだ。


 現時点で、運転士が最初から居なかったという事は、あり得ない。乗車する際に、星海燕がその姿を確認していたからである。駅を出発してから今迄、運転室から出て来てもいない。突然、消えたとしか、考えられない。


「紫慧さん!大変なんだ!運転手さんが、突然、消えたみたいなんだ!」

 星海燕は、視界に入らない様にしていた織乃宮紫慧の方を見て、言った。


 機嫌が悪いのを引き摺りつつも、愛する者の言葉を聞き、実体化をしても良い状況と理解した上で、“「触りますよ」”と確認をする。


 星海燕は、「うん」と返事をし、立っている場所を、速やかに変える。織乃宮紫慧が、実体化しやすいようにする為である。


 織乃宮紫慧は手を伸ばし、星海燕に触れる。

 星海燕の腕を掴んだ姿で現れた――機嫌の悪いセーラー服の少女は、周囲を見渡す。

「他の女と遊んだ帰りに、電車に乗っていたら、異界に迷い込んだってところですか」

 織乃宮紫慧の言葉には、棘があった。余程頭にきているらしい。


「――そうなんだ!運転手さんが消えてしまって……えっ⁉︎今、異世界にいるの?」

 そう言って驚く星海燕。


 そんな星海燕をみて、嫌味を言ったところで無駄だと悟った織乃宮紫慧は、大きな溜め息を吐く。


 星海燕という男は、こういった事に、比較的鈍感である。時折、“態となのか?”と疑いたくもなるが、素であるから、質が悪い。


「……そうです。現在は……ロードの最中と言うか……その界を移動中と説明した方が正しいのかもしれないんですけど。……こういった密閉された空間を移動させると、条件が揃えば、異界に行く事は出来ちゃうんです。……まあ、この方法に限らず、色々有りますけどね。……例えば――」


 それを聞きながら、少し考えて、「あっ、でも――」と口を挟む星海燕。

「それなら、何故、運転手さんは居なくなってしまった……の?」

 星海燕は、そう言いながらも、口籠ってしまう。こういった超常現象には付き纏う『死』という言葉が、頭を過ったからである。


 そんな星海燕の心情を、知ってか知らでか、織乃宮紫慧は「……まあ、条件に当て嵌まらなかっただけだから、元々の、人間の居る世界に居るでしょうね」と、どうでも良さげに答えた。

 織乃宮紫慧は、星海燕以外の存在に、全く興味が無い。そんな他人の生き死に等、どうでも良いのだ。


「そうなんだ。良かった〜!」


 本当に、星海燕という人間は、他人の心配をし過ぎる。織乃宮紫慧にとっては、理解に苦しむ人柄ではあるものの、星海燕に惹かれる点でもあった。

 心底、安心した顔をする星海燕に「……まったく。……他人の心配なんか、している場合じゃないんですからね!」と、また、溜め息を吐く織乃宮紫慧。


――その時であった。


 突然、星海燕と織乃宮紫慧の視界を、強い光が襲ったのだ。


 織乃宮紫慧は、その光の元を辿る様に、素早く視界を移した。

 光の元は南條優奈であった。全身が輝き、その強い光が周囲を照らし出しているのだ。


 南條優奈の姿が、光に包まれ、見えなくなる。


 星海燕は咄嗟に、片手で光を遮りながら、織乃宮紫慧を庇う様にして、素早く掴まれている腕を振り払う。


「その女、変だと思ったら――」

 背後によろけ、消えていきながら、織乃宮紫慧は叫んだ。

“「覚醒転生者ですっ‼︎」”


「えっ⁈」

 そう反応した星海燕は、織乃宮紫慧を見遣る。


――その途端、耳鳴りの様な大きな音と共に、星海燕の全身が動かなくなった。

 正確に言えば、いきなり、全身が物凄く重くなって、動けなくなったのだ。まるで、急に、重力が強くなった様な感覚であった。気を抜けば、物凄い勢いで、床に叩きつけられるだろう。唸り声さえあげられない。

 耳鳴りに似た音は、更に激しくなっていく。

 そして、光も更に強くなり、南條優奈は勿論、周囲迄もが、何も見えなくなる。


 南條優奈が光を放ち始めてから、僅か、10秒間程――。

 光は、まるで吸い込まれる様に、戻っていった。

 それと同時に、耳鳴りの様な音は、まるで、弾けた様な、大きな音を最後に、聞こえなくなった。

 すると、星海燕に伸し掛かっていた力も、突然と消えた。

 その反動で蹌踉めき、片膝を突く星海燕。激しい息遣いと、その苦悶の表情から、ダメージの大きさを感じさせる。


 そして、星海燕の前には……南條優奈だったとは思えない『何か』が、見下ろしているのであった。

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