嬉しき

 父親ごと瑞葉が警察に連れて行かれたので、私はさっさと水槽を二階に移して自分の家に帰ろうと思っていた。しかし、なぜか瑞葉が半日もしないうちに帰ってきたのだった。

 自分の足で帰ってきたくせに、首根っこを引っつかまれて連れて来られたみたいな顔をしている。

 それから急にこう言った。

「お父さん、昨日死んだんだって」

「は?」

 聞けば、検視の結果、心臓がなんちゃらしたという死因と、死亡推定時刻を告げられたのだという。それが昨日の夜。

「いや、ずっと前から死んでたよ」

 私はごく軽い口調で答えた。

 本当に完全に死んでいたのだ。警察だか検察だか知らないが、間違えたのだろう。普通に考えてそれ以外ない。しかし、瑞葉はまだ狐につままれたような顔をしていた。

「それ」

 そして私の手元を指した。

 私は休憩と称してだらだらスマホを眺めていた所だったのだ。

「写真みた?」

「ああ、見たけど。なにこれ」

 瑞葉に渡していたスマホには、意味のわからない写真がたくさん並んでいた。水たまりの端の方とか、蜘蛛が小さいミミズを食べている所とか、赤い花びらの接写とか、なぜ撮ったのかわからないようなものばかりだった。

 その中に、どこを撮ったのか分からない、ほとんど黒いだけの写真がいくつか挟まっていた。最初は何かを撮るのに失敗したのかと思ったが、どうもそうじゃないらしい。

 よく見ると、右下にぼんやり白いものが写っている。

「は」

 と一音だけ瑞葉は呟いた。

「は?」

「あのね、お父さん、死んでから歯が生えたの」

 歯と言っているのだとしばらくして気が付いた。

 改めて見ると、写真の中のぼんやりした白い物は、見ようによっては歯に見えなくもなく、見ようによっては白い所が大きくなっているようにも見えた。

「私、夢かと思ってた」

 それこそ夢の中にいるように、茫漠とした声音で瑞葉は言った。そしてそろりと目線を水槽に移した。

 意味不明物体は、相変わらずふよふよと水流に流されている。相変わらずてとてとと、妙な音を出して、相変わらず、まばゆく煌めいている。

 ほんの一瞬間だけ、私はそれを美しいと思った。

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水母の骨 犬怪寅日子 @mememorimori

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