第100話 無邪気な対立



 子供は、特に女の子は、好きな男性が出来ると、「将来結婚しようね!」と約束したりする。


 だいたいの場合、数年後にはその約束は無効になり、女の子は覚えてたとしても「そんなことあったなぁ」となって、心の中にしまわれる。


 それがわかっている大人がほとんどなので、やはり大人も子供のその言葉を真に受ける者はそうそういない。


 だが……。


「私の夫に手を出そうとする者なら……老若男女関係なく、相手になるぞ」


 凄まじい殺気を出しながら、ヘルヴィはテオの手を握っているルナを睨む。


 ルナやその両親はそれに気づいておらず、和やかに話しながら進んでいる。


「へ、ヘルヴィさん、違いますよ、落ち着いてください!」


 その様子の変化にいち早く気づいたのは、もちろんテオだった。


 テオも訓練してきたので、そういう殺気を感じ取れるようになってきた。

 だが、ヘルヴィの殺気を感じ取るために強くなったわけではないが。


「何が違うのだ、テオ」

「こういう子供の言葉って、なんというか、冗談みたいな感じです。本気で受け取るものでもないです」

「そ、そうなのか? ふむ……」


 人間の世界で暮らしていれば、今の言葉を微笑ましく聞いていられる可能性が高い。


 だがヘルヴィは悪魔で、残念ながら子供のそういう言葉を聞いたことがないので、ルナが自分へ宣戦布告をしてきたのかと思ったのだ。


「妻がすでにいるテオに対して、そういう冗談をいうのはあまり笑えない気がするが……」

「子供の言葉なんで、そう深く考えない方がいいと思いますけど……」


 そんなことを言っていると、ルナもその会話が聞こえたのか話に入ってくる。


「わたし、本気だよっ! 将来、テオお兄ちゃん結婚するもん!」


 ルナは頬を膨らませて、大人が自分の言うことを信じないから怒ったように言った。


「……これでも冗談というのか、テオ」

「あ、あの、その、そうですね……ルナちゃん、一回ご両親の方に言っててくれる?」


 収まってきた殺気がまた膨らんだのを感じて、ルナを安全なところへ避難させる。


「ヘルヴィさん、落ち着いてください。あれはその、子供ならではの約束なんで、今は本気でも大人になったら忘れてますよ」

「……テオに告白したのを忘れるというのも、少々イラつくが。まあ許してやろう」

「あはは……」


 子供の言うことを本気にして、大人気なくすぐに殺気を出したヘルヴィ。


 テオはヘルヴィの意外な一面を見たような気がした。

 だがそれすら、自分のためにやったことだと思うと愛おしく思ってしまう。


 もしかしたら自分も、小さな男の子が「将来ヘルヴィお姉ちゃんと結婚する!」と言っていたら、子供特有のものだとわかっていても、嫉妬してしまうかもしれない。


 ヘルヴィはそれを知らなかったからしょうがないが、自分は知っているのにもかかわらず嫉妬してしまったら、それこそ人のことは言えないだろう。


「お兄ちゃん! お姉ちゃん! 早く行こう!」

「あっ、うん! ヘルヴィさん、行きましょう」

「……ああ」


 先を歩いているルナとその両親に追いつくように、テオはヘルヴィの手を握り駆け足で寄る。


「あらあら、やっぱりお二人は恋人同士なのですね?」


 その二人の様子を見て、ルナの母親は上品に笑いながら話す。


「あっ、その、もう結婚してまして……」

「あらっ! そうだったんですね。お似合いだと思います」

「ほっ……これでルナが大人になってそのまま結婚する、ということはなくなった」


 父親は安心したようにそう言ったが、ルナはまた頬を膨らませた。


「えー、やだぁ! お兄ちゃんと結婚する! お姉ちゃん、お兄ちゃんと別れてー!」

「……ほう。やはりルナ、貴様、私に喧嘩を売っているな?」

「ヘ、ヘルヴィさん、抑えて、抑えて……!」


 子供の無邪気さとは、時には恐ろしいものだ。

 ヘルヴィは抑えているとはいえ、殺気を出しているにもかかわらず、ルナは怯むことなく立ち向かっていた。


「ふふっ、テオさん、愛されていますね」

「あはは……」


 ヘルヴィがルナの言うことを真に受けているのを見て、母親がテオに笑いかけた。


 テオは少し申し訳なさそうに笑って返すも、内心ではやはり嬉しかった。


 自分のことでこうも嫉妬の心を表に出しているのを初めて見るので、驚きもあるが嬉しさの方が勝る。


 その後も、しばらくヘルヴィとルナの睨み合いが続き、間に父親が慌てて入って終わった。



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