第83話 禁断の?
その後、黒馬を豪華な方の車両に繋ぎ変え、そして護衛や襲ってきた傭兵達の死体を埋めた。
護衛の亡骸はイネッサや生き残った護衛達が、丁寧に弔った。
一方傭兵の者達は、ヘルヴィが適当に焼き払い骨にして、適当なところに埋めた。
気絶している傭兵達は王都まで連れて行き、国の兵士達に身柄を渡す。
全員を一つの縄で縛り、歩かせる。
「お待たせいたしました、ヘルヴィ様、テオ様。では、王都に向かいましょうか」
膝を地面について祈りを捧げていたイネッサは、気を取り直したように明るい声で言った。
「大丈夫ですか? もう少しゆっくりしていっても……」
「いえ、長居しては血の匂いにつられた魔物が来てしまいます。本当はもう少し急ぎたかったのですが、すいません」
「別にそのくらい構わない。魔物など来ても私が始末しておく」
「ありがとうございます。ですが助けていただいたのに、そんなことまでお手を煩わせるわけにはいきませんから」
少し寂しげな笑みを浮かべ、チラッと他の地面とは荒れているところを見た。
「行きましょう。王都に着く前に日が暮れてしまいます」
そう言ってイネッサは先に車両に乗り込んだ。
ヘルヴィのように心を覗かなくても、テオは彼女が少し無理しているとわかった。
そしてヘルヴィとテオも車両に乗り込み、しばらくすると黒馬が動き出して移動を始めた。
「改めてヘルヴィ様、テオ様。先程は助けてくださりありがとうございました。このご恩は、必ずお返しいたします」
「そこまで恩に感じる必要はないがな、私はテオの願いを叶えたまでだ」
「ぼ、僕もヘルヴィさんに助けてあげてほしい、って願っただけなので……」
「ではお二人が、ふ、夫婦で、私たちは、助かりました」
確かにこの二人が一緒でなければ、イネッサ達は助けられていないだろう。
ヘルヴィだけだったら助けに行かなかったし、テオだけだったら助けるほどの力がなかった。
しかしイネッサはやはり夫婦というのがいまだに信じられない、というよりも信じたくないのか、その言葉を口にするときに詰まってしまった。
「ああ、私たちは愛し合っている夫婦だからな。私たちが愛し合っていたからこそ助けられたのだ、そこは感謝するといい」
「へ、ヘルヴィさん、恥ずかしいですよ……!」
「な、仲が良いようで、羨ましい限りですわ……」
イネッサの笑顔や声が強張るが、テオも恥ずかしがっているのでそれには気づかない。
(はっ、いけないいけない……明らかに態度がおかしくなってしまったわ。テオ様には気づかれてないようだけど、ヘルヴィ様には気づかれているみたい)
ヘルヴィが見抜いていることを感じ取ったイネッサ。
心が読めるヘルヴィはもちろん見抜いてるし、むしろ狙って揺さぶりをかけた。
(私がヘルヴィ様のことが好きってバレてしまったかしら……いえ、私は他の人から見れば夫婦であることに動揺しただけで、普通ならば異性であるテオ様のことが好きって思うはず。だからこそヘルヴィ様は、テオ様と夫婦であると見せつけている。だからヘルヴィ様は、私がテオ様のことが好きと勘違いしているはず……!)
心の中でそう結論づけたイネッサ。
やはりイネッサは賢く、普通ならばそれが正解であろう。
(それならばそれを利用して……テオ様に近づくフリをして、ヘルヴィ様と近づく! 最初は「この女、私の男に手を出して……!」と思われてしまうけど、ある日私が「本当はヘルヴィ様が……!」と言えば、意識してもらえる。それを機に始まる、禁断の恋……! はぁ、今から楽しみですわ……!)
こいつヤバいな、と素直に思ったヘルヴィだった。
作戦はめちゃくちゃだが、そこまで深読みして考えられるのはやはり優秀だろう。
しかしどれだけ深読みしたところで、それを全て見られているのでは意味がない。
(テオが好かれることを危惧していたが、まさか私が好かれるとは。いや、むしろこの危険な女にテオが好かれることがなくて良かったか)
今も心の中ではどうやって自分と恋仲になろうか考えているイネッサ。
そんなことを考えながらも、表面上では普通にテオと会話をしている。
「お二人はどういった形でお付き合いすることになったのですか?」
「えっ? あっ、その……小さな頃に、親同士が、あっ、僕は祖父と祖母なんですけど。親同士が、婚約させていて……」
「まぁ、そうだったんですね!」
口に手を当てて驚いた仕草をするイネッサだが、
(テオ様は嘘をつくのが苦手なようで、ふふっ、好ましいですわね。だけどこんなところで嘘をつく必要があるのかしら? 何か知られたくない過去、もしくは素性があったりする? わからないけど、ヘルヴィ様がどんな人でも私は……!)
心の中ではそんなことを思っていた。
確かにテオは嘘をつくのが下手で、ヘルヴィと出会ったときのことを話すのもあまりないので見破られるのは仕方ないだろう。
「ご結婚なさったのは、最近なのですか?」
「あっ、そうです。ほんの数週間前です」
「まぁ、では王都に観光に行くのは、もしかして新婚旅行でしょうか?」
「そ、そうです……」
「そうなのですね! とてもお素敵です! お二人の旅行がより良くなるために、私も何かさせていただきますわ!」
「い、いいんですか?」
「もちろんです! こう見ても私、王都では名の知れた貴族なのです。何かと融通が効くと思いますので、ぜひ今回のご恩を返させてください!」
とても良い提案なのだが、心を読んでいるヘルヴィにとっては少し頷きがたい。
しかし断る理由も特にない。
テオは何も知らずに、「ありがとうございます!」と満面の笑みで言った。
(……ここまで真っ直ぐな人、中々いませんね。なんか騙してるみたいで、悪いことをしてる気分に……いえ、ヘルヴィ様と禁断の恋に走るため、頑張らないと……!)
こんな奴と絶対にそんな恋に走らない、と思ったヘルヴィだった。
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