第75話 姉として
その後、テオとヘルヴィは夜になって夕飯時に、フィオレを家に招いた。
一緒に夕飯を食べると共に、フィオレにもあのことを伝えておくためだ。
「えっ!? あ、悪魔、なんですか!?」
あのこととはもちろん、ヘルヴィが悪魔だということである。
ヘルヴィは話すと同時に、今まで隠していたツノと翼を出す。
耳で聞いて驚き、目でそれを見てさらに驚愕する。
「強さとかを聞く限り、化け物じみていると思っていましたが、まさか悪魔だったとは……!」
「化け物じみているとは、なかなか言うなフィオレよ」
「あっ、すいません」
今まで心の中で思っていたことが、つい口に出てしまった。
しかしヘルヴィには心で思っていたことは伝わっているから、今さら焦りはしないが。
「凄い、悪魔って……ん? あれ?」
ヘルヴィの姿を見ながら、悪魔であると認識したフィオレだが、あることを思い出す。
「……ヘルヴィさん、悪魔って人間が呼び出すときは、何かを代償にしないといけないって聞いたんですが」
「……ああ、そうだな。悪魔は人の願いを一つ聞くが、代わりに代償を頂く」
それを聞いてフィオレは悲しそうな、それでいて怒っているような顔つきになる。
フィオレが何を思ったのか、ヘルヴィは心を読んで気づいた。
そのとき、台所から夕飯の食器などの片付けを終えたテオが戻ってきた。
「あっ、フィオレさん、悪魔だって話した――」
「テオ君!!」
「は、はいっ!?」
ヘルヴィが悪魔の姿をしているので話したと気づいたテオだったが、フィオレの大声にビクッとしながら返事をした。
フィオレは立ち上がり、テオを問い詰めるように近づく。
「テオ君が、フィオレさんを、悪魔を呼んだんだよね?」
「は、はい、そうです」
「じゃあ君は――代償に、何を差し出そうとしたの!?」
「っ……!」
その言葉に、テオは言葉が詰まる。
ヘルヴィを呼び出す前までは、自分が強くなれるなら何でも差し出せると思っていた。
例えそれが、命だとしても。
今思い返すと、なんて馬鹿な考えだったのだろうか。
しかしテオはあの当時は、本気でそう思っていた。
自分が弱く、パーティ追放などを何回も受けて、そこまで追い詰められていたのだ。
召喚した悪魔がヘルヴィで、一目惚れして結婚を願ったから良かったものの、あのまま強くなることを願っていたらどうなっていたか。
確かに強くなって色んな人を見返せたかもしれないが、その後は命を代償になる可能性が高かっただろう。
強くなったとしても、命が無くなれば意味もないのに。
「そ、それは、その……」
何も言えずに目を逸らすしかないテオ。
その様子を見て、フィオレは自分の考えが合っていることを確信した。
そして……フィオレは、テオを抱きしめた。
「えっ……?」
テオは怒られると思っていたから、いきなり抱きしめられて戸惑ってしまう。
自分の頰に、フィオレの髪が当たる。
「ごめんね……気づいてあげられなくて……!」
フィオレの頰に、一筋の涙が流れた。
弟だと思っていたテオが、悪魔に頼るほど追い詰められていたことを、フィオレは知らなかった。
テオが召喚した悪魔がヘルヴィではなかったら、今頃テオは死んでいただろう。
まだ十四歳の彼が、命を懸けるほどの覚悟を持って悪魔を呼ぶなど、どれほど辛い思いをしていたか。
そこをしっかりと、気づいてあげられなかった。
「あ、あの、フィオレさん、謝るのは僕の方で……!」
「ううん、テオ君は悪くない……私が一番近くにいたのに、気づいてあげられなかった」
「フィオレさんが気にやむことじゃないです! 僕がしっかりしてれば……!」
フィオレはテオを強く抱きしめ、テオはどうしていいかわからずに手をわたわたと動かしていた。
「テオ君……多分これからはヘルヴィさんが一緒にいるから、大丈夫だろうけど。辛くなったら、誰かに言うんだよ。ヘルヴィさんでも、私でもいいから」
「っ……はい、ありがとうございます」
テオは躊躇いながらもフィオレの背に腕を回し、弱々しく抱きしめた。
姉に甘えるように、涙を堪えて。
数十秒間、その体勢が続いた頃。
「そろそろ、離れてもいいんじゃないか?」
近くで様子を見ていたヘルヴィが、二人にそう声をかけた。
その声を聞いて、テオはハッとしてすぐに離れた。
離れる瞬間、フィオレが「あっ……」と名残惜しそうな小さな声が漏れたが、テオには聞こえなかった。
「す、すいませんフィオレさん、長いこと抱きしめてしまって……!」
「う、ううん、私からだから、そこは大丈夫だけど……」
テオとしては甘えるように抱きしめ続けていたから、少し恥ずかしくて顔を赤く染めていた。
フィオレはもう少し抱きしめ合いたかったが、やはり妻のヘルヴィがそれを許さなかった。
(恨めしそうに私を睨むな。テオに気づかれるぞ)
(に、睨んでなんていません! ただ、もう少し良かったんじゃないかなぁって)
(私としては待った方だ。お前が姉として抱きしめていたならまだ良かったが、最後の方は女だっただろ)
(うっ……)
確かに最初はテオのことを心配して、弟のように想って抱きしめていた。
しかし最後の十秒ぐらいは、「前に抱きしめたときより、ちょっとガッシリしたかな」とテオのちょっとした男らしさを感じていたのと、男っぽい汗臭さを嗅いでしまっていた。
ヘルヴィはそれを見逃さず、二人を引き剥がしたのだ。
(ヘルヴィさんが過保護過ぎる……)
(テオにはそのくらいが丁度良い。ただでさえガードが緩いのだから。それに、今お前が言ったことも含めてな)
テオは性分からか、意外と一人で抱えることがある。
先程の悪魔を呼ぶ話も、そうだったように。
(テオを追い詰めるような存在は、私が排除する。だから安心すると良い、フィオレ)
(……はい、よろしくお願いしますね、ヘルヴィさん)
心の中で伝えたことは、テオを弟のように見てきた、姉としてのフィオレの言葉だった。
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