第70話 移る?



 なんとかジーナとセリアはヘルヴィに黙ってもらう、というのを約束した頃には、街の外に出ていた。


 近くの森の前あたりに行き、魔物がどこから来てもすぐに見える位置であることを確認する。

 たとえギリギリで接近に気づいたとしても、誰かが怪我をするということは決してないだろう。


「さて、じゃあテオ君、頑張ろうか!」

「はい! よろしくお願いします!」


 ジーナが下手な教官のように腕を組んで仁王立ちをし、その前でテオが真面目に頭を深々と下げる。


「うむ、苦しゅうない!」

「何やってんのよ、あんた」

「あたっ! ちょっと、頭ぶたないでよ!」

「くっ……拳で殴るんじゃなかったわ。あんたの頭、そういえばクソ硬かったわね」


 ジーナは鋼鉄魔法を使ってないが、頭だけは常人よりも硬かった。


「いきなり殴った罰だよ。というか私の頭をクソ呼ばわりしないで!」

「魔法でぶん殴ればよかったわ」

「お前ら、早くテオに教えろ」


 テオのことを無視して話し始めた二人に、妻のヘルヴィが一声かける。


(でないと、漏らしたことを言うぞ)

「よし! じゃあテオ君やろうか! 体術と魔法、どっち学びたい!? 私のオススメはもちろん体術だよ!」

「魔法の方がいいと思うわ、私なら丁寧にしっかり教えられるわよ」


 弱みを握られている二人は、心の中でそう言われてすぐに切り替える。

 テオとしてはなぜ二人がいきなりそんなに必死になったのかわからない。


「じゃ、じゃあ、とりあえず体術を……」

「おっ、やっぱりそうだよね! 殴り合いを制するのってかっこいいもんね!」


 昔からの憧れもあって、テオは先にジーナから教わることにした。



 ということで、ヘルヴィとセリアは少し離れたところで二人の様子を見ることになった。

 声などは聞こえる距離なので、二人が何を話しているのはわかる。


「体術って言ったけど、さすがに私みたいに徒手ってわけにはいかないよね。何か扱いたい武器とかある?」

「えっと……無難に、剣とかですかね。あっ、両手にそれぞれ剣を持って……!」

「うーん、二刀流はめちゃくちゃ難しいからやめた方がいいよ。両利きの人でも無理だから」

「あっ、そうなんですか……」


 テオの憧れていた二刀流をバッサリと切ったジーナ。

 目に見えて少し落ち込んでしまったテオ。


「……可愛い」

「ふむ、同意だ」


 その様子を見ていた二人は、テオに聞こえないように呟いた。

 ジーナの心を覗いたら同じように思っていることだろう。


「テオ君に合いそうなのは短剣とかかな。普通の剣でも意外と重いから」

「そ、そうですか。それなら今日持ってきてます」


 持ってきた袋から、短剣を取り出す。

 その際に一緒に引っ掛かって、剣も一緒に出てきた。


「あっ、その、これは……!」


 ……やはり二刀流をやりたかったようだ。

 しかも長剣と短剣の二刀流。


「ふふっ、後で二刀流も練習しよっか!」

「っ! は、はい、ありがとうございます……!」


 気を使われてそう言われたというのがわかり、顔が赤くなってしまうテオ。


「ふむ、可愛いな」

「同感ね」


 先程と同じ様に、遠くでヘルヴィとセリアがそう呟く。

 ジーナも声を大にしてそう言いたかったが、目の前にテオがいるので我慢する。


「じゃあとりあえず短剣一本で、振り方を確認しようか」

「はい!」


 そしてテオが軽く短剣を振り始める。

 それを見て、すぐに違和感に気づくジーナ。


「ん? あれ、テオ君、一年前に私たちと別れてから練習いっぱいした?」

「えっ、いえ、そんないっぱいは……」

「そう? 凄く上手くなってるよ」

「ほ、本当ですか!?」


 ジーナもさすがにこのような嘘はつかない。

 テオもそれがわかっているので、とても嬉しそうに短剣を振るっていく。


(上手くなったというか……速くなった?)


 ジーナがよく観察すると、短剣の扱いが上手くなったわけではないようだ。

 ただ単純に、振るう速度が増している。


 しかもそれは技術で速くなったわけではなく、力が増したから速くなったというものだ。


 遠くで見ているセリアですら、一年前とは違うとはっきりわかるほどだ。


「……ヘルヴィさん、もしかして何かしたの?」


 そんなあからさまに力が上がっている理由など、一つしか、一人しか思い浮かばない。


「ふむ、してないとは言い難いな」

「やっぱり。筋力が増えてるわけじゃなさそうだし、魔力をあげたの?」


 力が強くなると筋肉が増える、というのはこの世界では比例しない。

 もちろん筋肉を鍛えれば力はつくが、一番は魔力だ。


 細身のジーナが力自慢の大男に力で勝てる理由は、魔力がジーナの方が圧倒的だからである。

 もちろんそれはヘルヴィも一緒で、魔力が絶大だとその分殴る力も強くなる。


 つまりテオが短剣を振るう速度が速くなっている理由は、身体の中にある魔力が増えているということだ。


「移った、というのが正しいな」

「どういうこと?」

「……夜にしていると、わざとではないが移ってしまうのだ」

「……聞きたくなかったわ」


 つまり夜にテオとヘルヴィがそういうことを毎日していると、勝手にヘルヴィの魔力が移っていくのだ。


「だが魔力が移ってもそれを扱うのは難しいし、効率も悪い」

「そうね、知ってるわ」


 魔力譲渡はとても難しい。

 セリアはギリギリ出来るが、渡そうとする魔力が十だとすると、相手には一しか渡らない。

 そのくらい効率が悪いものだ。


 だからヘルヴィの絶大な魔力がテオに移ってはいるが、それがテオの力になるのは本当に少ない。

 それも使えば、すぐに無くなる。


 だが少しずつ、本当に少しずつ、テオが持てる魔力量は増えていく。


「三十年後には、テオはお前らとほぼ並ぶ魔力量を持てるだろうな」

「……恐ろしいわね。何も訓練もしてないのに、三十年後に並ばれると考えると」

「ある意味訓練よりも厳しいぞ」

「うるさいわね。どんだけ激しいのよ」

「聞きたいか?」

「……今はやめとくわ」


 今聞いたら色々と我慢できそうにないので、セリアは聞きたいがやめておいた。



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