第65話 初夜を迎えて
ヘルヴィ・アスペルは、睡眠を取る必要がない。
悪魔である彼女は睡眠など取らなくても、生命活動に何ら影響を与えない。
睡眠、食事、呼吸など、人間が欠かしたら死んでしまうようなことなどは、ヘルヴィにとって娯楽に過ぎない。
起きていても暇だから寝る。
久しぶりに何か食べたい、と思ったから食べる。
ため息をつくときに一度空気を吸い、吐く。
それらのときぐらいしか、やろうと思わなかった。
しかし今――ヘルヴィはベッドの上で、陽の光を感じて目が覚めた。
「んっ……」
まだ閉じていたい瞼を微かに開け、上半身をゆったりと起こす。
その際、身を覆っていた毛布が落ちて、この世でたった一人しかその全てを見たことがない裸体が、冷たい朝の空気に晒される。
軽く身震いをして、毛布を手に取り胸のところまで上げる。
そうすると、隣で眠っている彼――テオ・アスベルの上半身が出てしまう。
「おっと……」
あどけない寝顔を見て頰が緩み、さすがに寒そうだと毛布を掛け直す。
しかしそうすると自分には毛布が掛けられない。
ではどうするか。
答えは単純。
テオに身体を寄せて一緒に掛ければいいだけの話である。
「ふふっ……」
また横になってテオの身体に引っ付き、寝顔を近くで眺める。
首筋には昨日の夜に自分が付けた赤い痣があった。
自分の身体には、特に胸の辺りには、テオと同じように痣があるのが見なくてもわかる。
ヘルヴィなら一瞬で治せるものだが、治そうとは全く思わない。
わざわざ自分の防御を弱くしてテオにつけてもらった傷だ。
(いや、治して今日の夜またつけてもらうというのも手だな……)
そんなことを思いながら、テオの寝癖になっている髪の毛を抑えるように軽く撫でる。
まだテオの首と自分の胸の傷を治すのは早い。
治すとしたら、まだ一緒に入っていない風呂のときにでも治そう。
そうして頭を撫でていると、テオが身じろぎをして目を薄く開けた。
「んんっ……」
まだ覚醒しきれていないのか、ぼーっとヘルヴィの顔を眺めている。
その可愛い顔を眺めながら、まだ頭を撫で続ける。
そしてようやくしっかりと目が覚めたのか、ヘルヴィの近すぎる顔を見て少し頰を赤くしながら顔をちょっと背ける。
「お、おはようございます、ヘルヴィさん」
「ああ、おはよう、テオ」
一瞬恥ずかしくて顔を背けたテオだったが、すぐに顔をヘルヴィの方に向ける。
そして右頬に軽くキスを落とす。
まだ恥ずかしそうにするのを愛おしく思いながら、ヘルヴィも返すように頰にキスをした。
そして最後に、唇を重ねる。
これが二人の、朝の挨拶である。
二人が初めて身体を重ねてから、三日が過ぎた。
初夜を経験してから二日経ったが、今のところはその二日間も夜を共にしている。
一度経験してタカが外れたのか、一度や二度じゃ終わらない程していた。
ヘルヴィは体力など文字通り無尽蔵なのだが、テオも意外とそれについてくる。
元より性欲はほとんどなかったテオだが、認識したら結構強いことが判明した。
しかしさすがに夜通しずっと出来るわけではないし、朝も早く起きるので数回程度――常識的に考えればそれでも多い――でやめて、眠りにつく。
ヘルヴィは寝なくてもいいが、テオの隣で眠るという幸せを噛みしめるため、しっかりと毎回目を閉じて夢の世界へと旅立つ。
朝の挨拶をしてから二人は一緒にベッドを出る。
まだヘルヴィの裸を見慣れていないテオは、まだ顔を赤く染めて恥ずかしそうにする
なるべく見ないようにベッドから出て、素早く着替えて朝ご飯を作りに部屋を出た。
ヘルヴィは服を着るのは一瞬で出来るので、ベッドから出た瞬間に着た状態になれる。
しかしテオのその反応が可愛いので、わざわざ服を出してゆっくりと着替えていた。
そしてリビングに二人が揃うと、一緒に朝ご飯の準備をする。
夜に激しい運動をするので、テオの栄養補給として色々といっぱい作る。
昼に食うお弁当も一緒に作るので、少し時間がかかる。
しかし二人は嫌な顔は全くせず、協力して作っていく。
今日は朝ご飯をテオが、お弁当をヘルヴィが担当することになっている。
これまで生きてきて料理など、食事の必要がなかったヘルヴィは作ったことはほとんど無かった。
しかしテオと一緒に作る、一緒に食べるというのであれば、話は別だ。
「朝ごはんできました」
「昼もそろそろ出来そうだ、先にテーブルで待っていてくれ」
「はい、わかりました」
テオは二人分の朝食を作って、テーブルに並べていく。
チラッとヘルヴィは見たが、今日も美味しそうだ。
まださすがにテオの料理の味には到底及ばないが、テオは美味しそうに、幸せそうに自分の料理を食べてくれる。
彼がいつも料理を作って、誰かが食べているのを嬉しそうに眺めるのが、作ってみてからわかった。
そして十分ぐらいして、ヘルヴィもお弁当を作り終わり、席について一緒に朝ご飯を食べる。
「いただきます」
二人で手を合わせて同時に言い、食べる。
「ふむ、今日も美味しいな」
「ありがとうございます!」
テオはニコニコと笑いながら礼を言う。
初めは料理を褒めると照れていたが、最近は照れはしない。
しかしとても嬉しそうに笑うのは、最初と変わっていなくてヘルヴィも微笑ましく思う。
悪魔であるヘルヴィは、食事、睡眠などいらない。
しかし――テオとするそれは、娯楽以上の価値がある。
その幸せを噛み締めながら、今日も二人は傭兵ギルドへと向かった。
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