第52話 つまらない決着


「誇るがいい。お前は力の頂点を、体験できるのだから」


 ヘルヴィがそう言うのを後ろで聞きながら、テオはジーナの手当てをしていた。


 後ろに下がってからテオが手当てをしようとしたのだが、荷物がないことに気づく。

 どう手当てしようかと慌てていたのだが、いつの間にか上空から荷物が降りてきていた。


 ヘルヴィが降ろしてくれたようだ。


 後でお礼を言おうと思いながら、テオは手際よくジーナの傷を手当てした。


「これで終わりです。大丈夫ですか?」

「うん、テオ君ありがとう! 痛みもほとんどないよ」


 深手の傷はなかったが、身体中に傷つけられていた。


「あなたがここまで傷を負ったのは久しぶりね。何年ぶりかしら?」

「昔は鋼鉄魔法がしっかりできてなかったから、三、四年ぶりとか? 鋼鉄魔法が上手くできるようになってからは初めてかも」


 テオもジーナがここまで傷を負っているのを初めて見た。


 それだけ今の相手、盗賊団のボスがジーナとセリアと同等かそれ以上に強いということだ。


「だ、大丈夫ですかね、ヘルヴィさん……」


 テオはヘルヴィの強さを信頼しているのだが、さすがに心配になってしまう。

 なんて言っても自分の奥さんがそんな強い相手と一対一をするなど、心配するなという方が無理がある。


「テオ君、ヘルヴィさんは大丈夫だと思うよ」

「そうね、私もそう思うわ」

「そ、そうですか?」


 ジーナとセリアは特に心配はしていない。

 むしろ獲物を取られたことに少し不満げで、ヘルヴィの相手をするボスが可哀想に見えてしまう。


 テオにはわからないが、ジーナとセリアはわかる。

 ヘルヴィと戦い、ボスとも戦った二人なら。


 どちらが強いかなんて、比べ物にならない。



 対峙しているヘルヴィとボスは、先程から動かない。


 ヘルヴィはただ動かないだけだが、ボスは違う。


(……っ! わからねえ、なんだこれは……!)


 動けない。

 いつもなら沈着状態になったら自分から仕掛けるボスが、全く仕掛けられない。


 どう攻撃しても絶対に当たらない、とわかってしまう。


 隙がない、というわけじゃない。

 むしろヘルヴィは全く構えておらず、隙だらけなぐらいだ。


 それなのにどこに打ち込んだとしても、自分が勝つ想像ができない。


「どうした? 睨み合いが好きなのか?」

「っ! くそがっ……!」


 このままじゃ何も状況は変わらない。

 自分の感覚を無視して、ヘルヴィに一歩で近づき拳を振るう。


 顔面に打ち込んだ拳は、軽く躱される。

 避けるのが難しい腹や胸を狙っても、上手く躱されてしまう。


(一発でも当たれば、俺の拳は肉を裂き、骨をも断つ……!)


 ジーナの鋼鉄魔法すら上回る、拳の威力。

 一発でも当たれば、致命傷になり得る。


 だが当たらないとまず話にならない。


 躱され続け、しかも相手からは攻撃されない。

 自分はおそらく必死の顔をしているのに、ヘルヴィは笑みを浮かべて余裕の表情だ。


(くそ、一発でも当たればこんな奴……!)


 そう思いながら拳を振るう。

 すると……。


「ふむ、まあいい。そろそろ終わらせようか」


 ヘルヴィはそんなことを呟くと、ボスの拳が腹へと打ち込まれた。


 その手応えから、ボスは勝利を確信した。

 腹に当たればそこに風穴が空くほどの威力で、臓物が飛び散るのを何度も見てきた。


 今回もそうなる……はずだった。


「なぜだ……!? なぜ突き破れない……!」


 完璧に拳が腹へと当たったのに、全くの無傷。

 腹にはかすり傷すらついていない


「貴様のそれは拳の回転力か。良い技だが、私には効かんな」


 拳を異常な速度で回転させることにより、相手の身体を切り裂くように抉る。

 一発でそれを看破され、しかも当たったのに効かない。


「なんだ、お前は……!」

「だから言っただろう。私が、頂点だと」


 ヘルヴィは腹を殴ったボスの腕を左手で掴む。

 ボスは逃れようと力を入れるが、全く動かない。


「さて、一発は一発だ。私も腹に殴るから、腹筋に力を入れるんだな」


 ヘルヴィは右手を握り、拳を作る。


 軽く振りかぶったところで、ボスは悟る。


(――死ぬ……!)


 そしてヘルヴィは、拳を最速で突き出した。



「……ふむ、まさか避けられるなんてな」


 ヘルヴィは当たらなかった右の拳を開いて、そしていまだに掴んでいるボスの腕を捨てた。


「はぁ、はぁ……!」


 ボスは無くなった左肩の痛みに耐えるように、顔を歪めていた。

 ヘルヴィが攻撃する前に、自分の腕を殴って犠牲にし、避けることに成功した。


 避けていなかったら腹に風穴が空いた、どころではなかっただろう。

 そのまま胴体が跡形もなく吹き飛んでいたのが、予測できた。


(こいつはヤバい、あの女共とは比べものにならねえ……! このままじゃ死ぬ……!)


 今の攻撃はギリギリ躱すことができたが、次は躱せないだろう。


 ヘルヴィがトドメを刺そうとボスに一歩踏み出すと、


「くっ……!」


 ボスは恐れをなして逃げてしまった。

 木々の間を縫って全速力で。


「ふん……」


 逃げていくボスの背中を、ヘルヴィはつまらなそうに見送った。



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