第38話 麓へ


 四人は草原を馬で走り、昼過ぎくらいに双子山の麓に到着する。


「はぁ……なんかここに来るまででもう疲れちゃったよ」

「ほんとね……」


 馬から降りて、ジーナとセリアは伸びをする。

 ずっと乗っていたので、腰が痛くなってしまった。


「テオ、大丈夫か?」

「は、はい、ありがとうございます」


 黒馬から先にヘルヴィが降りて、乗っているテオに手を差し伸べる。

 テオは恥ずかしがりながらもその手を取って、安全に馬から降りた。


 男女で逆のことをしているにもかかわらず、全く違和感がない。

 テオが男なのに可愛いのと、ヘルヴィが女なのにカッコいいからだろう。


 このようなイチャイチャを、ここに来るまでにずっとしているのだ。

 馬で移動しているときも、ジーナとセリアには声は聞こえなかったがやたらとくっついていた。


「ふむ、ここが双子山か」


 ヘルヴィはテオが降りた後も手を握ったまま、目の前の山を見上げながら言った。


 標高はそこまで高くはないが、山頂が二つある。

 麓から山頂まで、岩肌はなくほとんどが緑で覆われていた。


「これほどの山に入ったことはないな、破壊したことはあるが」

「何言ってるのヘルヴィさん?」

「山は壊せないでしょ?」


 大昔に大陸のほぼ全ての魔物を滅ぼしたヘルヴィは、破壊した山など数えられない。

 天変地異よりを自ら起こせるヘルヴィにとっては日常茶飯事のことだったが、それは昔のことだ。


「さて、すぐに山に入るのか?」


 ヘルヴィがそう問いかけると、テオが答える。


「もうお昼時なので、ここでご飯にしましょうか」

「おっ、待ってました!」


 あからさまに気分が上がるジーナ。

 セリアも表には出さないが、テオの手料理が楽しみにしている。


 しかし……。


「でさ、荷物はちゃんと運んでこられてるの?」


 ジーナが疑いの目をしながら、ヘルヴィに問いかける。


 あんだけの大荷物を持っていないからこそ、荷車を借りなくて済んで疲れも最低限になっている。

 しかしそれはヘルヴィがしっかり運んできていたら、の話だ。


「途中で気になって上を見ても、何も見えないからさ。本当に運んできてるの?」

「それは私も気になったわ。魔法の気配もしないし、大丈夫なのかしら?」


 ヘルヴィが魔法を発動している素振りもないので、セリアも疑いながらここまで来た。


「大丈夫だ、ちゃんと上にある。今降ろす」


 いつも通り、ヘルヴィはパチンと指を鳴らす。


 何も起こっていない、ように見えた。

 しかし上を見ると、物体が落ちて来ているのがわかった。


「おっ、きたきた! ……待って、速くない?」


 上から落ちてくる荷物は、自由落下よりも速く落ちてきている。


「待って待って! あんな速く落ちたら……!」


 中に入っている食料や野宿の道具が粉々になってしまう。

 そう思って止めようとしたのだが、時は遅く。


 ものすごい速さのまま地面へと激突し、地響きを上げ……ることはなかった。


 荷物は地面すれすれのところで急に止まり、浮かんでいた。

 そして数秒だけ宙に浮かんで、ゆっくりと地面に降りた。


「さすがにあの速度で降ろすわけないだろう、常識を考えろ」

「ヘルヴィさんにだけは、常識を教えられたくないけどね!」


 まず荷物を空に浮かべて運ぶということが常識的ではないのだ。

 今回はジーナの意見が正解だろう。


「一個しか荷物が降りてきていないけれど、これに食料が入っているの?」

「はい、これは僕のバッグなので。今から料理しますね」


 テオがバッグを開けて、調理道具や食料を取り出していく。

 生ものなどはさすがに入れられないので、野菜やお米などだ。


「うーん、野菜だけだとなんかね……テオ君が料理すれば美味しいんだけどさ」

「ここに来るまでに魔物とかと遭遇してたら、食料にできたんだけど……全く遭遇しなかったわね」


 数時間も草原を馬で走っていたにもかかわらず、魔物が一体もいなかった。

 稀に遭遇しないことはある。

 いつもなら無駄な戦いをしないで喜ぶことだが、今回は食料が手に入らなかったので残念だ。


「テオ、肉があればいいか?」

「そうですね、調味料はあるのでお肉があれば……」

「そうだな、では魔物を……仕留めたぞ」

「えっ、仕留めた……?」


 仕留める、ではなく、仕留めた。

 周りには魔物の姿は全く見えない。


「ヘルヴィさん、どういうこと? どこにも魔物の姿が……」


 ジーナがそう問いかけようとしたら、上から微かに音が聞こえた。

 上を向くと、先程よりも大きい物体が落ちてきているのが見える。


「まさか……」

「次は地面で止める気は無いから、避けろ」

「ちょ、嘘でしょ!?」


 ジーナとセリアの頭の上に向かって落ちてきているので、二人は急いでその場から離れる。


 そしてドスンっと大きな音を立てて地面に落ちてきた、大きな鳥。

 体長は五メートルほどあり、食料としては十分だろう。


「あー、ビックリした……」

「ちょっとヘルヴィさん、危ないことをしないでくれる?」

「お前たちなら避けられると思ったからな」


 空を飛んでいる魔物を軽々と仕留めたのも普通は驚く。

 しかし「ヘルヴィさんならできるだろう」と他の三人は一様に納得した。


「テオ、これで作れるな?」

「できますけど、こんな大きい鳥捌いたことないですし、時間かかると思いますよ」

「それなら手伝うさ。解体は得意だ」


 その後、ヘルヴィがほとんど魔法で大きな鳥を解体し、すぐに食べられるようになった。


「なんか二人で作業しているのが微笑ましいんだけど……やっていることが凄すぎて、微笑ましさが激減しちゃうなぁ」

「さすがにあんな大きな鳥全部は食べられないけど、どうするのかしら?」


 

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