第26話 どれぐらいの強さ


 腕を掴まれたジーナは、目を見開いた。


 テオの頭を撫でるのを邪魔されたから驚いたのもあるが、そこではない。

 掴まれた腕に伝わってくる、相手の力にだ。


 ジーナはこの世界で、とても強い部類に入る。

 それこそ力比べだったら、鍛えたこの身体に勝てる者はほとんどいない。

 そこらへんの男にも負けるとは到底思えない。


 しかし……。


(全く、動かせない……!)


 振り解こうとしても、まず腕が動かない。

 さっきから本気で力を入れているにもかかわらず、ピクリとも動かない。


 まだ腕の力だけしか入れていないから、全身の力を使えばなんとかなるかもしれない。

 しかし弟分で可愛いテオの目の前で、そんな本気の姿を見せたくはなかった。


「ジーナ・アデモロに、セリア・ソリシアだな。テオから話は聞いてるぞ」


 自分の腕を掴みながら、その人は言った。


「私はヘルヴィ。テオ・アスペルの、妻だ」


 そして腕を解けないよりも、驚くことを言い放った。


「妻!? 奥さんってこと!? えっ、テオ君結婚したの!?」


 テオの方を見ると、顔を赤くしながらも頷く。


「は、はい、そうです……」


 その姿を見て、自分たちを別れたときと何も変わってないと微笑ましく思う。

 しかしやはり信じられない。


 テオがこんな美女、そしてこんなにも強い人と結婚してるなんて。

 ジーナの後ろにいる相棒、セリアも驚いてる。


「本当に? なんか騙されてない?」

「だ、騙されてないですよ!」

「そう? テオは善人すぎるから心配だけど……」


 セリアはチラッと奥さんと名乗るヘルヴィを見る。


 ジーナがテオの頭を撫でようとしただけで、過剰に反応していまだに腕を掴んでいる。


「今のを見る限り、大丈夫そうね」


 それだけテオのことを大事にしているということなのだろう。


「その、そろそろ離してくれないかな?」

「ああ、そうだな。次からテオの頭を撫でるときは、私の許可を取るように」


 ヘルヴィが手を離し、ジーナは掴まれた腕をさする。

 あれだけ動かなかったのに、手の跡すらついていない。


「ヘルヴィさんってさぁ、強いの?」

「ああ、最強だぞ」


 当然のごとく、ヘルヴィはそう言い切った。


「どんぐらい?」

「この世界では敵無しだな」

「へー、大きく出たね」

「事実だからな」


 ジーナは力ではおそらく負けていると思ったが、ヘルヴィがそれほど強いとも思わない。


「ジーナ、どうしたのいきなり?」


 ヘルヴィの力の強さを知らないセリアが、不思議そうに問いかけてくる。


「セリア、ヘルヴィさんめっちゃ強いよ。さっき結構本気で腕を解こうとしたけど、全然無理だった」

「っ! ジーナが、力負けしたの? それはすごいわね」


 それを聞いて少し興味を持つセリア。

 相棒であるからこそ、ジーナの力を知っている。

 そのジーナが力比べで負けるなんて、思いも寄らなかった。


「ヘルヴィさんはジーナと同じ、拳闘士なのかしら?」


 見たところ武器を持っていないので、セリアはそう考えた。


「いや、拳で戦うのはあまり好かないな。どちらかというと魔法の方が得意だ」

「魔法も使えるの?」


 ジーナよりも力が強い人が、魔法の方が得意?

 そんな馬鹿なことがあるのだろうか。

 しかし嘘をついてるようには見えない。


「ねぇねぇ、じゃあ戦おうよ!」

「……はっ?」


 ジーナのいきなりの提案に、ヘルヴィもさすがに驚いたのか声を上げた。


「私戦うの好きだし、セリアも結構戦うの好きだし! それだったら戦おうよ!」

「……何を言っているんだこの女は」


 ヘルヴィは興奮しているジーナを指差し、相棒であるセリアに問いかけた。

 セリアもため息をつきながら、「またか……」というかのように頭を抱えている。


「ごめんなさいね、その子、戦闘狂なのよ」

「セリアも好きなくせに」

「あなたほど身勝手ではないわ。だけどそうね、私もヘルヴィさんの強さは気になるわ」


 武器も魔法の杖も持っていないヘルヴィが、どれほど強いのか。

 自分たち二人より強いとは思えないが。


「ジーナさん、セリアさん、やめた方がいいと思いますけど……」


 テオがおそるおそる話しかける。


「大丈夫よテオ。あなたの奥さんに怪我なんてさせないわ」

「いや、そうじゃなくて……多分お二人でも、ヘルヴィさんには勝てないと思います」

「っ!」


 テオの言葉に、二人は驚く。


「テオ君、私たちの強さ知ってるでしょ? それに別れたときより、私たちも強くなってるよ?」

「そうね。あのときより数段はね。それでも勝てないというの?」

「その……申し訳ないですけど、難しいと思います……」


 テオが言いにくそうに自分たちに忠告してきたが、これは本当なのだろうか?

 身内贔屓でヘルヴィのことを強く言ってるだけではないのか?


 しかし本当か嘘か、それを確かめる方法が一つある。


「なおさら引けないね!」

「そうね、ちょっと楽しみになってきちゃったわ」


 ジーナもセリアも、口角を上げてそう言った。

 二人ともやはり戦うのが好きなのだ。


 それも自分よりも強い相手なんて、最近は戦ってない。

 さらに戦いたくなってしまった。


「ど、どうするんですか、ヘルヴィさん?」

「ふむ、私は構わない。それに私も気になっていたところだ、この世界の強者はどれほどの強さなのか」


 この世界に召喚されて、人間の中では一番強いと思われる二人。

 どれほど強いのか確かめたくなった。


「あっ、戦う前に、テオ君の頭撫でてもいい?」

「えっ!?」


 忘れていたことを思い出したかのように、そう問いかけたジーナ。


「……はぁ、まあいいだろう、そのくらいは」

「ありがとー! んー、久しぶりのテオ君の頭! 可愛いねー!」

「そ、その、ありがとうございます……?」


 ジーナに頭を撫でられながら、テオはお礼を言った。


「抱きしめちゃダメ?」

「それはダメだ」

「ちぇー、ケチだな。セリアはしないの?」

「そうね、私は膝枕したいわ」

「それもダメだ」

「まあそうでしょうね」


 抱きしめるのが無理なのなら、膝枕は無理だとは思っていた。


「そうだな、私に勝つことができたら許してやろう」

「おっ、言ったな! よーし、絶対勝つぞ!」

「ええ、負けられない理由が一つできたわ」


 やる気が上がったジーナとセリア。


(膝枕はしたことなかったな……戦いが終わって、家に帰ったらテオにしよう。いや、してもらうのもいいかもな……)


 真面目な顔でそう考えるヘルヴィ。


「な、なんか僕が景品になってる?」


 いつの間にか勝負に参加もしてないのに、景品になっていた戸惑うテオだった。




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