第12話 仔ウサギ?
たとえば……飢えている猛獣の前に、警戒心が一切ない仔ウサギが眠っていたとしよう。
普通ならば、その仔ウサギは一瞬にして食べられてしまうだろう。
どう考えてもそうなるとしか思えない。
しかしもしその猛獣が、まだ理性が残っているのならば……考える。
目の前の仔ウサギが、なぜ警戒もせずに眠っているのかを。
周りに仔ウサギを守っている獣がいて、猛獣よりも強いから安心して眠っているのか?
それとも、猛獣は自分を襲うはずがないと、思っているのか?
――仔ウサギは、猛獣を信頼しているのか?
(くそッ……! そう考えてしまったら襲えないではないか!)
その猛獣、ヘルヴィは歯切りをしながら伸ばす手を引っ込めようと努力している。
仔ウサギ、テオは無防備に静かな寝息を立てながら眠っていた。
ヘルヴィのマッサージを受けて、途中でぐっすり眠ってしまったテオ。
テオはうつ伏せだったが、寝返りを打って仰向けになった。
そしてその上に、ヘルヴィはまたがっている。
ヘルヴィが上に乗ったままでは、本来なら寝返りは打てないはずだが、彼女は身体を軽くしているからテオは簡単に仰向けになれた。
仰向けになったからこそ、テオの無垢な顔や可愛らしい唇がヘルヴィの目に入ってきて、我慢するのが大変である。
(ああ、半開きになっている唇を塞ぎたい……息苦しくなって目を覚まし、困惑しているところを黙らせるように押し倒して……)
妄想はどんどん加速していく。
頭の中でアレやコレをテオにやって……。
ハッと我に返ると、テオの服を少し捲って上半身を手でスリスリしてしまっていた。
意図せずにやったことだったが、気づいたからには手を退け……。
(すべすべだ……くっ、男のくせに、私より肌ツヤが良いのではないか? 筋肉があまりないから、柔らかい……)
退けることはできなかった。
テオの肌をまさぐり、だんだんと息が荒くなって頬は紅潮していく。
(もうダメだ、ヤるぞ……初めては一緒にイチャイチャしながらと思っていたが、このままテオが眠ったままでもアリだ……! むしろそっちの方が興奮するかもしれん……!)
唾を飲み込み、血走った目でテオの服を脱がそうとした――が。
「テオくーん? ヘルヴィさーん?」
家のドアが開き、受付嬢のフィオレが顔を覗かせた。
「――っ!」
「あっ、ヘルヴィさん。テオ君は……えっ?」
フィオレはキマイラが倒されたという知らせを受けた。
しかし、誰が倒したという情報は秘密にされていたのだ。
ヘルヴィがそういった騒ぎになるのが嫌いというのを、ラウル兵士長が見抜いてその情報は言わないでおいたのだ。
キマイラが誰に倒されたのか、街中でいろんな噂が飛び交っていた。
だがフィオレは、すぐにヘルヴィとテオのことを思い浮かべる。
二人がキマイラを倒しに行ったことを。
絶対に倒せないと思っていたが、二人の名前は上がってこないがキマイラが倒されたという情報は回ってきた。
だから本当に二人が、というよりヘルヴィが倒したということに気づいて、驚いたのだ。
それなのに二人は傭兵ギルドに来ないので、怪我でもしたのかと心配し、テオの家まで来た。
いつも家に上がっているように、ドアを開けた。
そしてそこで、ソファで寝転がっているテオの上に乗って、いまにもナニかを始めようとしていたヘルヴィの姿を見つけたのだ。
「そ、その……何を、してらっしゃるのですか……?」
「……ふむ、テオのことをマッサージをしているが?」
「その体勢でですか?」
フィオレからは仰向けのテオの上に乗って、服の中に手を入れてまさぐっているようにしか見えない。
マッサージとは考えられない。
「……」
「……」
一瞬、二人の間に沈黙が訪れる。
テオの寝息だけが、その場に音を鳴らす。
そして、ヘルヴィが口を開く。
「ふむ、正直に言おう――テオが寝ているところを、襲おうとしていた!」
「開き直らないでください!」
フィオレは顔を赤くしながら、大声で言い切った。
「なんで寝ているところを……!」
「野暮なことを聞くものだ。そこに、テオがいるからだ……!」
「カッコよく言ってるつもりかもしれませんが、一切カッコよくありません!」
フィオレの反応に、ヘルヴィは気づく。
「フィオレ、お前は初心か?」
「えっ、うぶ……?」
「男と付き合ったことがないのか?」
「そ、そうですけど何か?」
「ふっ、やはりそうか……お前も好きな男ができたらわかる。相手が可愛く眠っているところに、ナニかしたくなることを!」
「わかりたくありません!」
会話をしている間にも、ヘルヴィの手はテオの身体をまさぐる。
下は触ってないが、上半身は両手を使って触りまくっている。
「て、手を止めてください! テオ君が寝ているところに、はしたないですよ!」
「フィオレは知らないようだな、この世にはこういうプレイがあるということに――!」
「ぷ、プレイって……」
受付嬢の中では、そういったことに詳しい者がいる。
その者から時々酒の席で聞かされていたので、フィオレは知識としては知っていた。
「まあ初めてがこういう形になっても、私は大丈夫だ。むしろ推奨する」
「は、初めてで、そんなことを……! テオ君が寝たままじゃ、可哀想じゃないですか!」
「何が可哀想なんだ? 初めてを知らないまますることか? それとも私の身体を愛せないことか?」
「そ、そうではなく……彼も、初めては、ちゃんとした形を望んでるはずで……」
二人が話している間にも、ヘルヴィは手を動かす。
フィオレがまたそれに気づいて注意しようとするが、その前にヘルヴィは何かに気づく。
「んっ、なんだこれは……っ!?」
自分のお尻に当たる、その正体に気づきテオの上から飛び退く。
その速さに目が追いつけなかったフィオレは、いつの間にか隣に移動してきていた彼女に驚く。
「きゃっ! ど、どうしたんですか、いきなり?」
「……っ! いや、なんでも……!」
何もないと言うには、ヘルヴィは顔が真っ赤すぎる。
どうしたのか、と思いフィオレは寝ているテオの方を向いて、それを見て彼女も驚き、顔が赤くなるのを感じる。
テオの「テオ」が、『テオ』ってたからだ。
仔ウサギのそこは、仔ウサギではなかったのである。
彼女が飛び退いた原因はわかった。
だが、理由はわからない。
いや、予測はつくが、まさか……。
あんなにフィオレのことを女として下に見ていた、ヘルヴィが――。
「ヘルヴィさん、あなた……初めて、なんですね?」
「……」
顔を真っ赤に染め、お尻に手を当ててそっぽを向いているヘルヴィ。
何も答えない彼女に、フィオレは何かやり返した気がして満足していた。
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