第15話 火花が散るほどに時に熱くぶつかり合う感情

「そうじゃないんだ、博士。どうして僕を連れて行ってくれないんだ」


 声に抑揚が付けられなかったけれど、それでも早口になってしまったのは間違いなく焦りの感情が実感無きにせよ生じているからだろう。突き放されるような博士の言葉に僕は慌ててしまう。


 そして、会話を続けながら理由を考える。何故、博士は僕を同行させないのか。


「あんたのことは悔しいけれどあの二流の女に任せることにしたわ。そっちももう根回し済みだから。もう、全部手は打ってあるの。だから、あんたは大人しく」

「博士。待ってくれよ。聞いてくれ。僕のどこに不備があるんだ。確かに田伊豆さんとの件では言い争いもしたけれど、あれには誤解がある。だから、それさえ解ければ僕らはまだ……」


 そうだ。

 もしも、昨日の田伊豆さんの店でドリンクを過剰に評価したことが原因となって、さらに宵椿との月夜の口づけの件があって、博士は僕を突き放すようなことを言っているのだとしたら。

 そんな疑いが言葉を紡ぐうちに出てきたのでそのまま口にする。


 僕の視界の縁で博士は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


 こちらの言葉が終わるのを待ってだろうか、僕が口を閉じると同時に強い語勢で言い放ってきた。


「あのね、言わないでおこうと思ったんだけど、あんたがそこまでしつこいなら教えてあげるわよ。あんたの力じゃ、私が単なるお荷物だって父に証明するだけになるでしょう?」

「……何だよ、それ」

「武器も付けてない、それどころか戦闘に向いた機能が何一つ無い。そんなサイボーグを連れて行けないの。そりゃ改造しなかった私の責任もあるわ。けれどね、あんたが最初から戦闘に向いているサイボーグだったら、こっちもはりきって改造してたわよ。ふん。良い機会じゃない。あんたのために感情一つ用意できない駄目な博士の下にいるより、二流ではあるけれどあんたの要望なら何でも叶えてくれそうなあいつのところにいた方がずっとマシよ」

「博士は言っていることが混乱している」


 でも、本当は僕には分かっていた。

 混乱しているのは僕の方であったと。

 いつだって僕はサイボーグだから理路整然とした思考に、合理的な判断力を持ち合わせている。そう自負している。けれども人間と同じように、それが常時安定して発揮できるかどうかというのは別の問題なのだ。


「博士は突然蒼穹博士とそのサイボーグである宵椿が出てきて、カリカリしているんだ。知っているか。宵椿は僕なんかよりもよっぽど強く改造されている。それは彼女が戦いに向いていたからだ。でも、それだけじゃないんだ。感情だって僕の何十倍も持っている」

「まどろっこしいわね。あんた、サイボーグなんでしょう? ゼロとイチではっきり話しなさいよ」

「博士は今、嫉妬しているんだ」


 僕は瞬き一つもせずに博士の顔を覗き込んでいた。


「明確明晰明瞭に話すと、二つ。一つは自分よりも優れた機能を持ったアンドロイドが出てきて、自分の技術が劣っていると気づいたこと。そしてもう一つは……」


 次の言葉を告げるのにためらいがなかったわけではない。頭の片隅にもちろん存在していた。

 だが、言葉の勢いはそれさえも押し流してしまうほどであった。


「自分を置いて出て行った蒼穹博士が、宵椿というサイボーグに夢中になっていたことだ」


 言葉の後には静けさがあった。

 きっと博士は何かを言い返してくると予想していたが、それから僕に対して何も告げることなく、ただ軽蔑するような、あるいは怒りを押しとどめているような顔をしていた。


 そのまま無言で暗号通信は切れてしまった。


 夕暮れの中に輝きながら散る桜の花びらが映し出されている。


 僕の胸の内にはじわじわと後悔がにじみ出てきていたが、それを認めてしまうと何かに屈したような気分になりそうだった。


 結果として、僕は呆然とするしかなかった。

 しばらく頭の中が真っ白になっていた。

 徐々に時間が経つ内に自らが発した言葉が頭の中で繰り返されるようになる。


 図らずも宵椿の望んでいた結果になってしまった。そのことに気がつく。宵椿は「博士よりも自分の方が愛されている」と告げて、宣戦布告を行おうとしていたのだ。


 宵椿の思惑通りになってしまったと分かると、さっきまで無視しようとしていた後悔が波となって押し寄せてくる。


 僕は何てことをしてしまったんだ。

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