第14話 隠しても隠しきれないあまりにも目立ちすぎる感情

 僕は初めて博士と通信ができるようになった日のことを思い出していた。


 これまではスマホを使って電話やメッセージのやり取りをしていたが、数年前に博士は僕を「改造」して「音声通話」と「ビデオ通話」が出来るようにしてくれていた。


 方法は単純だ。通話の場合は応答のために視界に現れた「通話」の表示を凝視し続ければ良い。ビデオの場合も同じだ。こちらから電話をかけたりビデオ通話を試みたりすることもできる。それをコールサインと呼んでいて、昨日から博士とはそれによる連絡が取れていない。


 僕が心配だからってこの機能を実装したのは、博士じゃないか。

 中学生の頃、僕と博士はまだ普通のスマホを使って通信をしていた。ちょっとした体の不具合を報告したり、日常の中でやって良いことと悪いことを逐一尋ねたりしていた。


 こんなことがあった。


 てっきり僕は防水について「改造」されているものだと思い込んでいた。だが、実際には未実装であり、危うく水の中に飛び込むところであった。小学校の頃から体が鉄で出来ているので水泳の授業は休んでいたが、中学に上がってから校外学習に行く機会があり、膝の付近までの水位の川で友人たちと遊ぼうとしたのだ。

 今まさに水の中に入ろうとしていた折、僕は校外学習に出かける前の心配そうな博士の顔を思い出した。彼女は僕が本当に楽しめるかどうか、不安に思ってくれていたのだ。


 そんな心配そうな博士の気持ちを吹き飛ばしてやりたかった。


 僕はそれを伝えたくて博士にスマホで電話をして……自分が防水加工されていないことを知るのだった。


 間一髪だった。


 もしも僕が一歩でも水につかれば、その部分から水没してパーツが動かなくなること間違いない。そう博士に言われた時は本当に肝が冷えた。


 思えばその時だったのだ。


 スマホによる通信ではなくて、僕の意思によって誰かを呼べるようにしなくてはならなかったのは……。


 それから決定的な一つの事件が起きて、現在のような通信システムが誕生することになる。


 通信機能の思い出から帰ってきた僕は、宵椿と別れた後に飛んできた謎の「コールサイン」に戸惑っていた。


「ビデオ通信のようだけれど、応答してもすぐにタイムアウトしてしまう」


 視界の端に表示されているのは真っ黒なウィンドウだった。

 ビデオ通話の時にはそこに相手の顔が映し出されるのだが、今は暗くなってしまっていて通信が上手くいっていないことを示していた。映像を呼び出そうとすると待機状態になって、「受信不能」を知らせるタイムアウトの表示が出てくる。


 三度目のタイムアウトに僕は唸る。

 バグではないだろうか。

 そう疑って、学校の屋上から出ていく。博士の所に寄ろう。たとえケンカをしていても、身体の不具合を訴えれば真剣になって考えてくれるかもしれない。そうであって欲しい。


 次の奇妙な反応があったのは学校から出て帰路につき、駅までの道を歩いている際であった。学校から駅までの間には長い階段があり、その踊り場から神社へと通じているのだが、その辺りに到達した時に今度は奇妙な音声信号が送られてきていた。


「ネットワークにアクセスするコードの一部みたいだ。これをどこかネットに飛ばしてみろということか」


 それによって現実がどう変わるというんだ。僕はすさんだ気持ちを抱きながら、ひとまず神社に立ち寄ることにした。まだ残る桜だったが大部分は散ってしまっている。

 宮司の姿も見えないのでベンチで休ませてもらおう。

 僕は腰をかけてとにかくコードをネット上に投げつけてみた。

 安全だと判断したのはアドレスが見覚えのある番号になっていたからだった。


「ファイルが送信時に三つになった。……どうなってんだこれは。サイボーグが自分の体にウイルスを入れて不具合を起こしたら、ジョークじゃ済まないぞ」


 呟きながらレスポンスを待つと、何か別のコードが送られてきて、それを目を細めて見つめると視界に変化が起きた。


 真っ黒な画面に博士の顔が現れたのだ。

 つい僕は「わあ」とあまり心はこもっていなさそうだが間違いなく驚いた声を出した。


「暗号通信よ。あんた、何年サイボーグやってるわけ。それくらい気づいたらどうなのよ。手動で暗号照合してるから、ずいぶん待ったのよ」


 どうやら博士のいる場所は自宅の例の研究室であった。

 暗号通信。

 聞いて思い出した。

 ええと、確か相手から指定されたコードを送信すると、鍵となるコードが送られてくる。それを用いて暗号化されたファイルを読むのだ。コードの送信によってこちらの個体番号と正当な手続きを済ませているかが確認される。

 ……手続きというのは、さしずめあの三つにファイルが分かれた時の反応の挙動がそれだろう。


「あの二流サイボーグに傍受されない通信方法よ。朝から講義を受けながら頭の中で組み立てたの。天才でしょ」

「それじゃ、宵椿には聞かれてないんだな」

「そうよ。だけど、長く通信するつもりはないわ。……私、もう旅に出る準備をしなきゃいけないから」

「何だって」


 さらりと言い放った博士は視線を逸らしており、決して聞き捨てならない言葉を受け取ってしまった僕はさらに問い詰めるように尋ねる。


「旅ってどういうことだ。大学の友人と旅行にでも行くのか」

「そんなお気楽極楽なものではないわ。第一、あんたでしょ、あんな映像を寄越したのは。だから、行くしかないじゃない」


 僕は事情を理解した。

 蒼穹博士のメッセージを受け取った博士は、呼びかけに応じて彼の元に駆けつけるつもりなのだ。しかし、僕の記憶メモリにバグが無ければ、あのビデオにて蒼穹博士は「二人で集まって欲しい」と要求していたはずだ。


「蒼穹博士の所に行くんだろう。それなら合流場所を決めよう。僕にも荷造りしたりとか家族に言い訳したりとか時間がいるから、出発は少し遅らせて欲しいのだけれど」


 いくつかの要望をしたのだが、博士は返事をくれなかった。それどころかさっきから僕の顔を真っ直ぐに見つめることさえしてこない。

 重い沈黙が訪れるのだが、サイボーグでありしかも感情の欠如している僕だから、この凝り固まった空気に特別なつらさを覚えることはなかった。それでも今の状態が緊迫の中にあるということは、博士の表情を観察すれば一目瞭然になっていく。


「あんたは、来なくていいわ」


 一瞬、呼吸が止まったような気がした。


 聞き間違いかもしれないという疑いが胸を駆け巡り、意識が僅かな時間遠くなっていた。


「どういう、ことなんだ。蒼穹博士は二人で来いって」

「父にはもう連絡したわ。あんたは来ないって伝えておいたから。だから、行くのはあたし一人よ」

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