第13話 大切にされていることを他人と競い合いたくなる感情

 そんな恐れはすぐに消え去る。第一、えっちな動画をわざわざ送りつけてくる女性なんている訳ないだろ。……いないよな?

 動画を凝視することでズーム機能が作動した。

 映っているのはいつかの「外側」の存在との戦闘を記録したものに似ているが、その登場人物に見覚えがある。

 宵椿が外国の街のビルの上で、白昼堂々、戦闘をしていた。


「お恥ずかしながら、少し映像が乱れる箇所がございます」


 隣に座る宵椿からわざとらしく艷っぽい一言が放たれた。


 ……映像が乱れる? どういうことだ?


 しばらく眺めている中で目に付いたのは、宵椿の武装だった。彼女は腕や足を様々な兵器へと改造されていた。

 映像の中で宵椿が対峙しているのは、SF映画に出てくるような細身のエイリアンだった。猫背で腕が複雑に折れ曲がっている。

 そんな「外側」(アウター)に向かって、宵椿は片腕からレーザー光線のようなものを照射し続けていた。


「照射式レーザーウェポン『月光』ね。対象に当て続けることで細胞組織を破壊。出力を上げれば切断することもできるのよ」


 僕の見ている動画をどうやら彼女も何らかの方法で同時に視聴しているらしく、逐一解説を加えてきていた。

 今度はエイリアン(仮称)が口から緑色の液体を勢いよく噴出してきていた。少し径の太いホースで水を撒くようにどろりとした粘液を出し続ける。

 宵椿は意表を突かれた風だった。

 しかし、身を翻して華麗にかわし、今度は肩口のスリットから湾曲した刀のようなものを取り出す。


「『三日月』。投てき武器ね。近接戦闘用に改良したものも所持しているわ」


 そんな調子で宵椿はエイリアンとの戦闘を進め、自身に搭載された武装によって常に有利に状況を展開しているようであった。

 途中、敵の吐き出した液が地面に跳ねた。それが宵椿の身につけていたひらひらとしたスカートにかかる。その瞬間、スカートの広範囲が溶けてしまい、宵椿の下着……随分と大胆なランジェリーが露出してしまっていた。


「恐ろしい敵だったわ。もう少し、あと数センチでも深く到達していたら下半身が溶けてしまっていたわね。うふふ。あ。そうね、数ミリ……だったら、下着……だけがちょうど綺麗に溶けてしまっていたかもしれないわね」


 僕の視界の外で行われていることならば、好きなだけ目を反らせるのだが、映像は目の中で流れているのだ。宵椿の痴態を、僕はなるべく無心で何も考えないように見つめ続けていた。

 それにしても派手な下着だ。

 博士とは随分と違う……。

 僕は目頭を押さえて首を振った。

 何を考えているんだ、全く。


 そのうちに、目を閉じてしまえば何も見えなくなることに気づいたが、既に遅く、映像は宵椿が二枚の曲刀をエイリアンの肩口に突き刺し、頭をレーザー光線で焼き切ったところを映していた。


 これにてフィニッシュらしい。

 映像の最後、カメラの前を後ろ向きで宵椿が横切るように現れた。

 画面が、彼女の丸みある形の良いお尻のアップで埋まった。


「あっ!」


 また破廉恥なことをと僕は思ったが、どうやらそれは宵椿にとってもハプニングであったらしく、急いで僕の視界から映像を引っ込めていた。


「録画は……していないわね。していたら、メモリーごと粉砕するわ」


 顔を真っ赤にして宵椿は脅してきた。

 そんなことしていないし、第一、宵椿なら僕のシステムの挙動なんて手に取るように分かるんじゃないのか。

 とは言え、刺激的な宵椿のお尻はしばらく瞼の裏にも残る映像となった。

 一つ息を吐けば、彼女の調子はいつものように戻る。


「どうかしら。これが本物の『改造』。あなたには武器の一つも付いていないわよね。あるのはおもちゃばかり」

「それは僕が戦う必要のないサイボーグだからだ。改造された目的が違う」

「そうなら、もしもあなたの力が戦いのために必要だってことになったとして……ちんちくりんな博士はあなたを私みたいに改造するかしら」


 僕は宵椿の言葉にハッとした。

 昨日の夜、彼女から受け取った映像、蒼穹博士からのメッセージを思い出す。僕と博士を呼び出すような言葉をかけてきていた。宵椿の戦っていたエイリアンや他の外側(アウター)の存在と戦うために力を貸して欲しいと告げてきた。

 博士が、父親の蒼穹博士の呼びかけに応じたとして……果たして彼女は僕に武器をつけてくれるだろうか。

 いや、疑ってはいけない。

 博士は僕が好きだから、きっと戦いのために役に立つように『改造』してくれるんだ。そうなったらこの宵椿にほえ面をかかせてやろう。


「博士はきっと僕を『改造』する。君と同じように」

「どうかしらね。期待するのは止めないわ」


 含み笑いをしながら宵椿は言った。

 どうして彼女はそんなことをわざわざ告げるのか。衝撃的でアダルトな動画を観せられてうやむやになっていたが、ここに僕が呼び出された理由がまだ明らかになっていないのに気がつく。


 もしかしたら、既にもう僕はその「理由」について知らされているのかもしれない。


 外側(アウター)との戦いの動画……博士への疑いを生じさせるような言葉……派手な下着……そして、形の良いお尻……。


 いや、さっぱり分からない。

 一体彼女は僕に何を伝えようとしたんだ。


「あなた、えっちなこと考えている時に変なシステムが作動してないかしら。ノイズが漏れてるわよ」

「む、それは大変だ。今度博士に見てもらおう」


 僕が真顔で返すと、彼女は「からかいがいがないわね」と人差し指で僕の頬を突いてから、話を始めた。


「私はあなたがサイボーグになった経緯を知っているわ。でも、蒼穹博士はこの国を出て、私を新しいサイボーグとして誕生させて、こんなに強く改造してもらっている。それを知って欲しかったの」

「蒼穹博士は戦いのために君が必要だったんだな」

「悔しくないの」

「その感情も僕には備わっていないからな。でも、理解は出来る。僕は蒼穹博士に必要とされなかった。だから、君の方が優れたサイボーグだと言いたいんだろう」

「本当につまらないわね。あのちんちくりんな博士、あなたと一緒にいて楽しいのかしら」

「悪いがそれには自信がある」

「変な自信だけはあるのね。それだけは譲れないってことかしら。それならば、私にもあるわ。私は世界の誰よりも蒼穹博士に愛されている自信がある。この体にそして機能。疑いがないわよね。そして、その愛はきっと実の娘を超えるわ」

「それは」


 その先を言わせたくなくて言葉を遮ってしまった。しかし、僕の口からは反論も反証も出てこなかったので宵椿は引き続き主張を続けるのだった。


「この動画を観たこと、そして私の活躍、それをあのちんちくりん……いえ、芳野そら博士に伝えてくれるかしら」


 肯定も否定もしなかった。

 僕の胸の中を駆け巡るのは複雑な感情だ。どれも読み取れないのだから放棄してしまえば良いのだが、それは同じサイボーグである宵椿を軽く扱うような行為のように感じられた。そうでなくても彼女は感情を持たない僕を、一人の人間のように扱ってくれているのだ。だから、僕も正面から彼女に向き合いたい。結果として戸惑うだけになってしまったとしてもだ。


 答えを渋っていると、宵椿は僕の隣から立ち上がって離れた。いつの間にか屋上にいるのは僕たちだけになっている。


 時計機能を起動すると、そろそろ最終下校時刻が迫っていた。時が経つのも忘れて話していたようだった。

 宵椿は、消えつつある夕焼け空を背に真顔で僕を見つめていた。

 彼女が博士に行おうとしているのは宣戦布告だ。

 自分の方が父親の蒼穹博士に愛されているという証明をするための。

 そして、それは僕を介して行われようとしている。


「私は望んでサイボーグになったの。そこがあなたと違うところね。だから、誰よりも愛されたいし、誰よりも強く改造されたい。……あなたはどうかしら。サイボーグとしてのあなたは、どうしたいとか、こうなりたいとか、あるのかしら」


 いつものような挑発的な態度も扇情的な語調も、そこには見られない。

 真っ直ぐに僕を見据える宵椿の目は、昨晩の戯れの時のものとは違う。真剣な問いかけだった。


「僕は……」


 博士との日常で僕はただ一つのものが欲しかっただけだ。

 それは、博士への恋愛感情。

 それだけがあればいいと思っていた。

 今も気持ちは変わらない。

 どんな武器もどんな便利な機能も欲しくはない。いや、それ自体が博士の愛の形ならばもちろん無下にはしないが。


「僕の望みは最初から変わらない。博士に対する気持ちをきちんとした形で持ちたい。きっと僕がサイボーグじゃなかったら自然に持っていたものだから」

「ふうん。もし、私があなたなら、どうしてその機能を付けてくれないのか考えるわ。何か不都合があるのかとか。そして、場合によっては徹底的に問い詰める」


 まるで宵椿の目は虎のごとく煌めいた。強い意志と決意が感じられる。

 僕は気圧されて、つい博士への信頼が揺らいでしまった。

 今までは適当な理由をつけて、きっと博士にも理由があって僕に感情を渡さないのだと納得してきた。

 しかし、彼女の口から理由を聞いたことがあったか?

 僕が博士を疑い始めると、宵椿はまるで自分の目標が達成されたかのように満足げに笑っていた。


「……いや、僕は博士を信じるよ」


 苦し紛れに口をついて出た一言がやけに軽く感じた。

 浮いたその言葉を宵椿は叩かず、思わせぶりに笑みを向けて屋上から去って行く。

 僕と博士の気持ちを揺さぶるような振る舞いをして、宵椿は何を試そうとしているのだろうか。

 僕はついに一人きりになった屋上でしばらく考え続けていた。

 宵椿と蒼穹博士のことを、博士にどう伝えるか。

 その前にどう博士と仲直りするか。


「これ以上はメモリの負荷でハングアップしそうだな」


 独り言を吐いて立ち上がると、僕の内部通信システムに見慣れない信号が出現した。


「…………?」


 詳しくは不明だ。しかし、そのコール音は僕を呼び出すものだった。注意深く僕はその信号にアクセスしてコンタクトを試みるのだった。

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