第12話 時に人を盲目にしかして真剣にさせる感情

 その日、登校すると教室内で目に入ったのは宵椿だった。文庫本を片手にクラスメート達と楽しげに話している。


 どうして僕は気づかなかったのだろうと思いはするが、こうして彼女を遠目で眺めていると、普通の女子高校生と何ら変わらない。

 昨晩のように髪を結ってはおらず、黒髪をストレートにしており、黒ぶちのおしゃれな眼鏡をかけている。


 しばらく見つめてしまっていたようで、宵椿の視線とかち合ってしまう。

 気まずくなって目を伏せた。


 すると、宵椿は「ちょっとごめんなさいね」と女子集団の中を抜けてきて、僕の横をすれ違う。


「放課後に購買棟の屋上へ。言いたいことがあるからってそこまで見つめられたら、顔面がオーバーヒートしちゃうわ」


 口調の色っぽさは、昨晩の宵椿と何も変わらない。

 僕は言われた通りに放課後、購買棟へと向かう。屋上へはエレベーターで直行できるようになっていた。


 購買棟。


 恐らくこの高校にしかない施設だろう。七階建てのビルであり、高校内の敷地にあるのだが、校舎を含めてどの建物よりも高い。

 中は生徒が利用できるショッピングモールのようになっていて、週末は一般にも開放されている。こうなってくるともはや一般的な「学校の購買」の域を逸脱している。


 ここの高校の創立者はもともとがショッピングモールを開発した(と言われている)人物である。いや、日本で初めてショッピングモールという営業形態を持ち込んだ人だったか。とにかくショッピングモールにゆかりのある人間なのだ。

 そんな彼が晩年、往年の人気ドラマを見た。教師と生徒の心の交流を描いたベタな学園もので、それに感銘を受けた彼は私財のごくごくごくごく一部を投げうって、この高校を建てたという訳だ。

 そして、平成という時代の不況のあおりでショッピングモール事業は次々と失敗に終わり、彼のグループは解散した。残ったのはこの高校だけだった。

 晩節を汚していると呼び声高かったこの高校だが、こうして令和の時代になって残ったのがここだけとなれば、あながち彼の晩節はクリーンなものだったのではないだろうか。


 ……まあ、一説では「この高校を売っぱらって、最後に中国の不動産に投資してショッピングモール事業を復活させる」と息巻いていたらしいので、晩節を汚す未遂のことは行っていたらしいが、とにかく彼のおかげで僕は高校に通えているので感謝の念はある。


 そんな購買棟の屋上は簡単な遊具のあるアトラクションになっていたが、男女のグループが二組ほどはしゃいでいるだけだった。


「ごきげんよう、サイボーグくん。うふふ。平気よ。ここに座っていれば、誰にも話は聞かれないわ」


 夕焼けの中で宵椿は文庫本を開いていた。

 僕は近づいて行って隣に腰掛ける。


「芳野そら博士とは仲直りできたのかしら。今朝はやたら早く起動していたようだけれど。早目に手を打つことは悪くないけれど、あまりやりすぎるとストーカー扱いされるわよ」


 もはや僕は彼女に自分の情報が筒抜けになっていることを驚かなかった。憂慮すべきではあるが。


「ケンカの原因の一端はあんたにもある」

「あら、あの接吻のことかしら。あなたたち、普段からそういうことをする仲じゃないの?」

「博士と僕はキスさえしたことない」

「あらあら、それは、悪いことをしたわねえ」


 続けて「うふふ」と笑う宵椿だが、悪びれる様子は一切ない。


「蒼穹博士から、あなたのことも、そして博士の娘のことも聞いているわ。あなた風のジョークで言えばファイルを共有されているといったところかしらね」

「僕以外にサイボーグジョークを使う人に初めて会った」

「あははは! あなた、面白いわねえ。そうね、それが本物の『サイボーグジョーク』ね。うふふ、ますます気に入っちゃったわ」


 彼女が距離を詰めて顔を寄せてくるので、僕はまっすぐ正面を見つめる。


「要件を言ってくれ。僕は早く帰りたい。早く博士と仲直りしたい」

「つれないわねえ、そんなにあのちんちくりんな博士が大事? 『好き』だって感情も持っていないのに」

「『感情』が実装されていないだけだ。僕は誰が何と言おうと博士が好きだし、博士だって僕のことを好きだ」

「……その単純さとど直球な回答、ごちそうさま。きっとそういうところが、感情のメダルがない証なんでしょうね」


 どことなく宵椿はつまらなさそうな顔になった。


「なら、どうしてちんちくりん博士はあなたに感情のメダルを実装しないのかしら。疑ってみたことはない? どうしてあなたが好きだと言い切れるのかしら」

「博士は僕を改造してくれるからだ」

「そういう『好き』と、あなたを『好き』というのは違うと思うわ。……きっと、あなたは騙されてるのよ」

「博士は僕を騙したりしない」

「根拠はあるの? それなら、どうしてあの博士はあなたに他の感情を実装しないのかしら。『好き』だけではないわ。『悔しい』とか『虚しい』とか『面白い』とか『難しい』とか『楽しい』とか……いくらでも感情はあるわ。でも、あなたにあるメダルは『嬉しい』というものだけ」


 博士を擁護するための言葉をとっさに繰り出そうとする。

 しかし、次いで出てくるはずの語は、どこかのユニットがフリーズもしくは待機状態になっているかのように、すらりと出てこなかった。

 どうして博士は僕に感情をくれないのか。

 その答えはいつもはぐらかされていたことに気がついた。


「私は蒼穹博士に愛されているわ。だからこそ、あなたが知らない感情もいっぱい持っている」

「きっと博士なりの考えがあるんだ。まだ僕に感情を持つのは早いとか、そういう技術的な」

「そういうユニークじゃない嘘は吐き気がするわ。『吐き気がする』。これさえあなたは知らない。いい? あのちんちくりんな博士はあなたを単なるおもちゃとしか見ていないのよ」

「それこそ嘘だ」

「なら、何かしらこれは」


 宵椿は手の平を僕の眼前にかざす。

 勝手にARモードが起動して視界が不正な挙動を起こした。僕の目に映るのは、先日博士が実装してくれた「おいしいものを見つけるモード」であった。今は視界に該当の店舗が存在しないので待機モードになっているが、情報を読み取るためのスキャンエリアが点滅し続けている。

 宵椿は僕のシステムに完全に介入できる力を持っているようだった。

しかし、今の彼女はそれについて話す訳でもなく、このARモードを問題にしてきた。


「こんなおもちゃのような機能ばかり付けられて、あなたはどうとも思わないの」

「何のつもりだ。それに、これはれっきとした僕の機能だ。博士は僕が好きだからこうして改造を加えてくれてるんだ」


 語気を強めて告げる。

 すると、宵椿は呆れたように嘆息して僕の手を掴んできた。

 何かが僕の体の中で起動して処理されていく感覚がする。アラートが鳴り、咄嗟に宵椿の手を払い除けた。

しかし、時は既に遅く、僕の視野の片隅にはウインドウが表示されていた。何らかの動画を彼女は読み込ませてきたらしい。

えっちなやつだったらどうしよう。

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