第10話 失われたことを想像すると泣きたくなる感情


 一体、何のために現れたんだ。


 疑問を感じるが、同時に焦りと後悔と胸元が締め付けられるような感触とが詰め込められていき、まともに動けなくなってしまいそうだった。


 博士に誤解されてしまった。


 しかも、今はケンカの最中でタイミングは最悪だ。


 僕は月下の来客を心の中で強く恨みながら、しばらく呆然とその場に立ち尽くして、まだ沈みそうにない満月に体を晒し続けていた。繰り返し吹きつける風は僕の体を撫で回して体温を探ろうとしてくるのだが、僕に温かみはないので無駄な行為であろう。無駄だけならいい。今の僕からしてみれば風の存在ですらも鬱陶しく思えるほど、感情から余裕が失われていたのであった。これから先、どうしたらいいんだ……。僕は内部ネットワークに解決の方法を探らせてみる。が、該当件数はゼロ。打つ手なしだ。


「ん……?」


 いい加減に屋根から降りようとして地上を見つめた時だった。

 視界のモニター、その上部に電源の残量表示がされており、隣にももう一つアイコンが浮かび上がっていた。


 SDカードのマークだ。


 そうか。

 僕はここで一つ得心がいった。


 SDカードのスロットが僕の体には三つほどあるのだが、そのうちの一つは舌先に備えられているのである。今日の博士との外出の時、僕の頭の中のデータを見せようとして、舌を露出させていた。あれはジョークでも何でもなくて、僕のカードスロットに記憶媒体を入れてデータの抜き出しをすることを勧めたのだ。


 先の暴力的な宵椿のキス。


 それは僕の舌にSDカードを挿入するための行為だったのだ。

 普通に手渡してくれればいいものを、どうしてそこまで破廉恥な手段を取るのか僕には理解できなかった。


 だが、これで博士に言い訳がつくと考えると嬉しくなってくるのだった。

 博士は納得してくれるだろうか。

 その可能性を見積もってみようと思考回路を動かそうとしたのだが、その前に僕は舌を出して手の平の上にSDカードを取り出してみた。


 宵椿から渡されたそれはごくごく一般的な家電量販店で見かけるそれである。一応、もう一度別のスロット(それはおへその辺りにある)にそれを差してから、ウイルスに侵されていないかを確認する。


 スキャンが済むまで僕は博士の家の二階の窓を注意深く見続けていたのだが、誰が現れるわけでもなかった。

 SDカードに収められていたのは動画ファイルだった。

 僕は自室に戻って部屋の中心にあぐらをかくと、一つ深呼吸をして、それを再生してみた。


 えっちな動画だったらどうしよう。


 よこしまな思いは動画再生の一秒後には霧散して見る影もなくなっていた。


「ご無沙汰しているね。サイボーグ一号くん。私が与えた体はどうだね。日々、ハッピーだろう。そうだろう」


 画面に映し出されたのは白衣を着た小太りの男。

 博士の父親である、芳野 蒼穹であった。

 少しばかり目つきが鋭くなって肌の色も濃くなっており、トレードマークの真っ白なヒゲは積乱雲のようになっていた。


「私が今いる場所について伝えられないのは残念だ。しかし、君がもしも『決断』をするのならば君の元に送り込んだ『サイボーグ二号』が伝えてくれるだろう」


 僕は蒼穹博士の立っている場所をスキャンしてみる。動画内部の背景を、別の類似する背景写真とマッチしないか調べていた。該当はない……が、一つ分かった。

 この背景は3Dデータであり、映像自体も合成されたものだ。

 場所を開かせない理由……それは何だろうか。


「さて、私から伝えたいことは一つだ。人生はシンプルなのがいい。単刀直入に話す。二人とも私の元に集まって欲しい」


 集まる?

 いきなり何を言い出すんだ、この父親は。


「サイボーグ二号、宵椿くんから話は聞いているかもしれないね。外側(アウター)の存在だ。私はすでに、この地球上には我々の科学の限界を超えた者たちがいると気が付いていた。君の存在もそうだ。この人類の外側に押しやられたサイボーグ。しかし、それだけではないのだ。他にも人類の想定を遥かに超えた存在が発見されたのだ」


 蒼穹博士は早口でまくしたてる。

 同時に動画内にまた別の動画のウィンドウが開いていた。


「見たまえ。これが『外側』(アウター)の存在たちだ」


 複数の画面が開いたので、一つ一つ、しっかりと凝視を続ける。


 一つの動画ではまるでファンタジー系のゲームに出てくるような黄金の鎧と白銀の剣を振るう剣士が、ライオンと鷹をかけあわせたような猛獣と戦っている。跳躍、斬撃、どれもが素早く人間離れしていた。


 もう一つの動画に映るのは鎧甲冑を着込んだ侍で、光り輝く光線を出しながら戦っているようであった。暗い洞窟のような場所でおぞましい姿のゾンビと戦闘をしている。


 最後の動画では猫の耳がついた女の子が長い爪で木を切り倒して、撮影者と思われる人物を脅している様子が映し出されていた。


 彼らが宵椿の言っていた「外側」(アウター)の存在たちなのか。


 念のために映像をスキャンすると、場所は特定できなかったが、それぞれが作り物の映像でないことが明らかになった。蒼穹博士の立っている場所が作り物なので、その地点と比較すれば一目瞭然だった。


「私は……いや、私たちは今から彼らと接触して確かめなければならない。彼らが人類にとっての脅威であるのかどうか、を。そのために娘と君の力を貸して欲しい」


 そうは言うが、蒼穹博士の口ぶりはどこか冷静であった。

 彼も科学者ならばこの外側の存在に対して、程度の差はあれど喜びを表現するだろうに。

 それとももう映像を見飽きてしまって、外側の面々については彼にとっての日常になってしまったのだろうか。

 映像はまだ続いていた。


「答えは早い方がいい。こうしている間にも人類にとっての危機は迫っている。賢明な判断を頼むよ。後のことはサイボーグ二号くんに任せてある。彼女に聞けば不明な点は漏らさずに答えてくれるだろう。それでは後ほど」


 ここでようやく動画が終わる。

 僕は再生用のプレイヤーを閉じてから目を瞑り、しばらく思考を整理していた。

 多くのことが一気に起こりすぎて、処理タスクが詰まってしまったのだ。優先度を考えて再び一つ一つ考えをまとめていかなくてはならない。


 今宵は色々なことがありすぎた。


 僕しかいないと思われていたサイボーグが他にもいた。


 そして、宵椿とのキスをケンカ中の博士に目撃されてしまった。


 博士の父親からビデオメールが届き、自分と博士を呼び寄せようとしていた。


 混乱の中で僕の一日は終わりを迎えようとしていた。

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