第2話 「その人のためなら何でもしてあげたい」という感情

 僕は自室に帰ってから、言われた通りにベッドに入って、「どうして僕の胸は博士と接するたびに苦しくなったり痛くなったり締め付けられるようになったりするのか」を考えてみた。


 しかし、答えは出ないまま、意識は混濁し、擬似睡眠モードへと切り替わっていく。

 いつものような眠りがやって来た。

 そして今回も、また僕は夢を見た。

 幻の出来事などではない。それは僕と博士のこんな関係が始まった日の、実際にあった事柄の再現だ。


 あれはそう。

 僕が七歳の頃だから、博士は十歳かその辺りだろう。

 小学校が企画した、夏休みのキャンプ。毎年恒例になっていたらしい一泊二日のその行事に参加した時の事だ。


 家が隣同士でよく一緒に遊んでいた僕と博士だが、その年から僕が小学校に上がったことにより、初めて一緒にキャンプへと行くことになったのだ。

 かねてより博士からキャンプについて話を聞いていたので、僕はその日が近づくにつれて胸が踊っていた。川遊びやハンモック作り、釣りや飯ごう炊さん……。僕も早く小学校に上がって一緒に行きたいと願っていた。


 そんな念願のキャンプで僕は事故にあった。

 崖の淵に咲いていた綺麗な花を摘もうとして、そこから落下してしまったのだ。

 体を激痛が襲い、意識が途切れ途切れになる。全く手足は動かなくなって、「ああ、僕は死ぬんだ」と幼いながらに理解した。

 悔いはあった。

 ここで死ぬならば、せめて孤独に消えていなくなるのではなくて、誰かに居て欲しかった。

 そう。

 僕はその時、博士が側に居てくれたらと願ったのだ。


 そうしてただ死を待つ間、僕は誰かの手によって体が持ち上げられるのを感じていた。大人たちの叫び声が聞こえて、何やら言い争う様子が薄目の奥に見えていた。

 何度か意識が途切れては戻ってを繰り返し、僕が次にはっきりと見たのは……博士の驚いたような顔だった。

 僕が目覚めたことでくしゃりと表情が歪んで、それからわんわんと泣き叫び、僕の首元に抱きついてきた。先にも後にもここまで感情的になった博士を見たのは初めてだった。


 死を覚悟していた僕だったが、博士に抱きしめられながら自分の体がどうなっているのかを確かめて、まず現実を疑った。

 僕の首から下はほとんど機械に繋がれていたからだ。

 そこで僕は自分がもう普通の人間ではなくなったことを知る。


 事故によって失われた肉体を機械に置き換え、僕の命を救ってくれたのは、博士の父親だった。

 どういう手段を用いたのかは今でも疑問だが、博士の父親は死を待つばかりの僕を病院から引き取り、自宅に連れ帰ってサイボーグへと改造したということだ。


 とても信じがたく、リアリティのかけらもないが、それでも僕は博士とその父親のお陰で今もこうして生きている。


 それから、僕の体は徐々に改装を重ねられてきた。

 博士の父親が海外へと赴任してからは、博士が主になって僕のメンテナンスや機能の充実を図ってくれていた。

 元々隣に住んでいた博士は、気軽に僕を自宅に呼び出して改造を重ねてくれた。

 関節の可動範囲を広げてくれたり、バランスを崩しても自動で足を移動させて転ばないようにしてくれたり、暗闇で通常より素早く目が闇に慣れるようにもしてくれた。

 そんな彼女が僕の足を改造しようとしたことがあった。推進力を備えさせて僕の家の二階と、彼女の家の二階を飛び越せるようにする。この改造に博士は一年を費やしていた。

 途中で僕はこう問いかけたことがある。

「何故、そこまでして僕の体に手を加え続けるのか」と。

 そこで博士は何と答えたか……。

 その頃の博士はとても素直で今とは比べ物にならないくらい純朴だったから、気持ちを包み隠さずに話してくれたはずだ。


「バカね。そんなの、あたしがあなたのことを……」


 そこで僕は擬似睡眠から目覚めた。

 指定された時間に意識が覚醒し、外が明るくなっているのを確認した。

 夢の中で聞いた博士の言葉を思い出すと、やはり胸の奥が張り裂けそうになる。

 博士はあの時、僕のことを「好きだから」と言ってくれたのだ。博士は僕が好きで、僕のことを改造し続けてくれる。

 でも、その「好き」というのはどういう感情なのだろうか。僕にはまだそれが分からない。

 何故ならば、博士はまだ僕にその「好き」を実装してくれていないからだ。

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