幼馴染に改造されてサイボーグになったけど、何故か恋愛感情は未実装でした。

胡乱伽藍

第1話 「好き」に近くて「大好き」にさらに近い感情

『オズの魔法使い』という話を読んだ時、僕には無条件で好きになったキャラクターがいる。主人公のドロシーと共に旅をするブリキの人形だ。


 そいつは丈夫な体を持っているが、胸の中は空っぽで常々こう訴えるのだ。


「心が欲しい。人間の気持ちが分かる、心が欲しい」


 僕は図書館でその本に出会ったのだが、ブリキの人形が出てきてそんな風に仲間たちに訴えるシーンを読んだ瞬間、いたたまれなくなって本を戻して図書館を飛び出してしまっていた。

 僕にはブリキの人形の気持ちがよく分かった。

 彼の心を想像すると、こちらの胸にもざわめくものがあった。

 けれども、僕にはその感情が何なのか分からない。

 次にこう予想した。

 涙を流せれば、僕は自分の胸の内にあるものの正体が分かるかもしれない。

 しかし、僕は涙を流せないのである。

 その理由はこれからたっぷり説明することになるが、僕は曇り空を見上げて降雨を祈っていた。偽りでも頬を濡らせば、よりこの正体不明の感情に浸れると思ったのだ。


 空は曇り模様を一貫して続けており、雨粒どころか日差しの光も寄越しはしない。

 僕はもうやけっぱちになって両手を広げて道路の真ん中に立っていた。


 この胸に渦巻く感情よ!

 大空まで届け!


 そんな風に思っていると、後ろからやって来た軽ワゴンに容赦なくはねられてしまった。


 空中を舞いながら、回転する視界に目を白黒させていると、「これは異世界に転生するチャンスなのでは」という予感がよぎったけれども、次に僕が目覚めたのはいつもの見覚えある暗い部屋であった。

 寝かされていたベッドに、近づいてくる影がある。

 黒髪を肩のあたりで二つに結んで、お下げのように垂らしている。ワイシャツにタイトなスカート。

 彼女は無表情で僕をペンライトで照らすと、素っ気なく話し始めた。


「あら、随分とのんきな顔でお目覚めね」


 透き通った声の中には僅かに怒りが含まれていた。


「……芳野さん」

「二人きりの時は『博士』と呼ぶ約束よ。それにしても、道端で突っ立ってたってどういうことよ。……あたし、あんたに自殺を許可するようなプログラムをした覚えはないのだけれど。もしかして、あたしがまた何かミスをしちゃったのかしら」

「違うんだ博士。僕、『オズの魔法使い』って本を読んでたら、突然胸の奥がうずき始めて、それで居ても立っても居られなくなって、それで、せめて泣けたらなって空を見てたら」

「バカっ! バーカ、バーカ! あのねえ! あんた、自分のこと分かってるでしょ? あんたは、あたしが改造したサイボーグなの! そんなことも忘れたのかしら! 記憶容量、マシマシにしておきますー? あんたにね、感情はないの。心は付けないでおいたのよ。だから、サポート外」

「博士」


 僕はベッドから半身を起き上がらせる。上手く体が動かないのは、両脚が取り外されていたからだろう。掛け布団をめくると、そこには十字の形をしたアタッチメントが腿のあたりから伸びており、その面から端子がはみ出しているのが分かった。

そうだ。

 博士の言う通り、僕は紛れもないサイボーグだ。元々の肉体にあれこれの機械を組み込まれた人外の存在。

 それでも。


「でも、博士。僕は心が欲しいんだ。人間と同じように悲しんだり喜んだり怒ったりしたい」


 そんな僕の告白に、芳野……博士の瞳は揺らめいたように見えた。ひと時の迷いがあったのだろう。


「……感情なんてあればあったで困ったこともあるのよ。時にはなければよかったって嘆くこともあるわ。それでも、あんた、構わないわけ」


 僕は頷く。博士の目を射抜くほどに強く見つめていた。


「なら、『感情のコイン』を使うわ。恨まないでね。……あんたに恨まれると、世界で一番悲しくなるから」


 言葉の最後は聞き取れるか聞き取れないかの微妙な線を行くような声量だった。しかし、僕のアルミとクロムによってコーティング強化された鼓膜はしっかりと博士の言葉尻まで捉えている。

 無言のまま、その日、僕は博士から「感情のコイン」を受け取った。


 …………。


 人間で言うと「肺」の部分にあたる箇所から、非常用の静音ファンが起動する音が聞こえ、僕の意識はリブートした。

 懐かしい夢を見ていたようだ。

 僕が図書館で『オズの魔法使い』の本を読んで感情を欲した時の記憶。あれは僕が中学校に上がる時だったから、博士は高校に入学したてだった時だろうか。三年前。それは僕が感情を手に入れた瞬間だった。


「意識を回復させておいて悪いけど、今日はそのまま感覚回路のテスターを使うわ」


 壁に貼り付けになるような格好で固定された僕の前を、白衣姿の女性が横切る。

 夢の中の姿より少し大人になっただろうか。

 彼女は「博士」こと芳野 そら。

 手にしたマグカップには「芳野 天」と書いてあるが、あれで「そら」と読むらしい。らしいというのは本人がそう言い張っているだけで、彼女の名前は正真正銘「そら」だ。表記は平仮名で「そら」。

 他にも彼女は自分の名前を「改造」して書くのが好きだ。

 何にでも自分の名前を書く派の彼女は、下着にも記名がしてあり、ちょうどゴムのところに「芳野 宇宙」と書いてあるのを僕は知っている。何故知っているか。僕がサイボーグだからだ、という答えで今は納得してもらえればと思う。

 ちなみに「宇宙」も「そら」と読むらしい。


 ここは彼女の実験室。

 自宅の地下に極秘で作ってある空間であり、主にサイボーグである僕の整備や点検、そして改造に使われている。

 僕は今、壁の端子が複数張り巡らされている場所に固定されており、博士による定期メンテナンスを受けていた。

 お下げ髪を揺らしながら、僕の顔に近づいてきて、首元のコネクタにケーブルを通した。

 これなら僕は何をされるか知っている。


「今回のテスターは四つほどの感覚を追加してるわ。何か異常があれば知らせること」


 博士はそう告げると手元の四角い装置を弄り始める。この感情回路のテスターとは、僕の脳に電気信号を流し、それがどういうデータとして返ってくるかを調べるためのものであるらしく、それに何の意味があるのか分からないが、彼女は度々僕にこの装置を取り付けて実験をする。


 まあ、博士は改造と実験が好きな普通の女子大生だから、きっと何か僕の体を使って楽しんでいるのだろう。


「どうかしら、何か体に変わったところは」

「感知できない。それよりも、博士。話していいか」

「あんまりうるさいとシャットダウンするわよ」


 と、脅してくるが、博士は手元から視線を逸らさないままで、僕に発言することを許しているように見えた。


「最近、よく夢を見るんだ。昔の記憶だ」

「ふうん……記憶装置のバグかしら。久々にデフラグしてみるのもいいかも知れないわね。今度のゴールデンウィークとか、旅行に行くふりしてデフラグしましょうか」

「さっきは博士が『感情のメダル』を僕に実装した時の記憶……三年前のことを思い返していた。あのメダルのおかげで僕は『悲しみ』と、その裏側にある『喜び』を実感できるようになったんだ」

「ああ、『オズの魔法使い』の時ね。思い出してもヒヤヒヤするわ。あの時、車にはねられたあんたを何とか病院から引き取ってきて直したんだから。世話が焼けるわね」

「その時の博士のことを考えると、最近、胸が高鳴る」


 ぼそりと僕が言うと、博士は石化の呪文でも受けたかのように動きを止めてしまった。得体の知れないものを僕の中に見ているような目つきをする。


「何言ってるのあんた。やっぱり変ね。再起動しようかしら」

「聞いてくれ。それだけじゃないんだ。三日三晩、つきっきりで食事もロクに取らずに部品を組み立てたり、紙に何か書いたりしている博士の横顔。あの時の顔を思い出すと心が熱くなるんだ。他にもある」

「やめましょう、この話」

「何か新しいものが完成するたび、嬉しそうに僕にそれを見せてくる博士の笑顔。それを目にするだけで僕も嬉しくなる。博士にしか分からない悲しいことで沈んだ顔をしていると、何でも良いから力になりたくなる」

「やめて、そんな小っ恥ずかしい」

「でも、僕にはそんな博士への気持ちが分からない。分かりたいと思ってる。あの『オズの魔法使い』の時のように……」

「絶対に嫌よ。今度ばかりは絶対にその感情へのメダルは渡さない。作らないわ」

「どうしてだ。博士にとって不都合なのか」

「不都合よ! 不都合中の不都合! あんたはそんな気持ち、知らなくていいの。忘れなさい」

「なら、僕の脳を『改造』して忘れさせればいいじゃないか。僕がもう二度とそんなことを言いださないように」

「できるか、バカ!」

「分からない。今回ばかりは博士は不合理だ。理由を。納得のいく理由を」


 僕は喚くように言う。しかし、博士は壁にかかっていたモニターを見やると、「あんたの家族が部屋に近づいてるわ。お話の途中ですけどね、残念ながらお時間です」と無理矢理に会話を中断して、僕の体から電源を外すとキャスターへと載せた。


 博士のこの秘密研究室からは、僕の家の内部が見えるようになっていた。いくつも隠しカメラが装着されているのだ。

 そのうちの一つ、一階から僕の部屋のある二階へと上がってくる人影がカメラに映っていた。


 力のまだ入らない体は、彼女によって運ばれていく。地下室に設置されたエレベーターによって彼女の家の二階にまで移動させられて行った。


「つまらないことは忘れて寝てしまいなさい。あんたはいつも通り、元気に、正体がバレないように、普通の男子高校生を楽しめばいいの。ね。ほら、肩を貸しなさい」


 まるで隠されるように設置されたエレベーターの扉から、真っ暗な彼女の家の二階にやってくる。


「腕が動かないぞ、博士」

「んー? そんなはずはないわ。……ああ、テスター用の回路に電源が切り替わってた」


 そう言いながら、彼女は僕の頭の後ろに手を伸ばして何やら操作をした。体に力が戻ってくる感覚がする。

 その時に近づけられた博士の顔を見るだけで、僕の鼓動は一段階早くなる。飾らないが優しい彼女の残り香にまたあの苦しいような切ないような感情が溢れる。


「さっきの続きだ。僕は博士に対して何か感情を抱いていると推測する。それは今は『嬉しい』としか言えないんだ。でも、もっと……的確なものがあるんだろう」

「うるさいわね。もう自分で動けるでしょ。早く自分の家に帰りなさい。お母様が来るわよ」


 そう言われて渋々と僕は歩き出して、「表向き」の博士の自室にたどり着く。一つだけついている窓の向こうには、もう一つ窓が見えた。

 そこが僕の家なのだ。

 僕と博士の家は隣同士。だから、行き来はこうして窓を使って行う。普通の人間では届かない距離だけれども、博士はそこにも抜かりはない。僕の跳躍力を強化して、五メートルちょっとの二軒の距離を飛び越えられるようにしていた。


「飛びなさい。明日も学校でしょ。私は大学の講義があるけれど、困ったらいつでもコールサインを飛ばしなさい。GPSもついているから、地の果てにいても駆けつけるわよ」


 いつものような優しい言葉にも僕は「嬉しい」としか感じられない。


「何か別の感情がある。何だ、それは何だ」

「ふふ、どうしてそう思うのかしらね。聞かせてくれたら、その感情について調べてあげないこともないけれど」


 窓際までやって来て、博士は僕の背中を叩く。

 彼女の部屋の扉を開き、僕の部屋のベランダを確認した。暗闇の中にある手すりや窓枠を視認する。

 僕は足裏からブースターの噴射口を露出させ、自力で飛び上がると同時に推進剤を噴射し、飛行プログラムを作動させた。僕の体は浮き上がり、数秒間の飛行ののちにベランダへと着地をした。

 こうして自宅へと戻った僕は、博士の家を振り返る。

 月明かりの中でぼんやりと浮き上がった彼女は、さりげなく手を振っていた。悲しそうであったが、笑顔でそれを塗りつぶしている。

 そんな顔にさえ僕の胸は締め付けられるのだった。

 もし、この感情に名前があると分かったら、きっと博士は調べてくれる。

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