第28話

次の日、授業が終わった後に楓は風紀委員会の見回りを始めた。今日のペアは春日井かすがい舞奈まなだ。


「天宮さんは、どうしてこの学園に来たの?いや、あの、そういう意味じゃなくて、えーっと……」

「そうですね、ボクもわからないんです。すみません」


ぎこちない笑いを浮かべて楓は答えた。


「う、ううん。ごめん、こんなこと聞いちゃって」


舞奈は唐突に手をパチンと叩いた。


「さあっ!なんか事件はないかな〜?」


気合いを入れ始めた舞奈を見て、楓はその動作が異様にしっくりきていることに気づく。


「もしかしてこの学校って、そういう事件というか争い事が日常的に起きてたりするんですか?」

「うん、そうだよ!」


即答だった。


(本当に早く退学したいわ、この学校……)


楓は舞奈の答えに呆れて声も出ない。舞奈は楓の顔を覗き込んだ。


「な、何ですか⁈」


舞奈はふるふると頭を振った。


「何でもないよ、ねえ、ちょっとだけ、私の話を聞いてくれないかな?」

「は、はあ……?」


舞奈は楓を待たずに話し始めた。


「私はね、荒木家の分家の出なんだ。そう、あの荒木夏美さんの。春日井はそこまで強い分家ではなかったけど、私の入試の成績は他の本家とか、優秀な分家とかよりも良かったの」


自慢じゃないけどね、と舞奈は自嘲じちょう気味に笑う。


「だから、他の本家の人、全員ってわけじゃないけど、から嫌がらせを受けてたの。ーーだから、私もその……」


首を降って、舞奈は続ける。


「天宮さんの気持ちがわかるわけないのに、何で私、こんな事を言ってるんだろう……」


自分の気持ちを上手く言葉にできないで、舞奈は泥沼にはまってしまう。だが、楓には何となく舞奈の伝えたいことがわかった。


「大丈夫です、先輩が言いたいこと、なんとなくわかりました」


楓はにこりと笑ってみせる。


「ううん、私、すごく無責任なことを言った。私も嫌がらせを受けてた。だから天宮さんも頑張って、そんなこと、私に言う権利なんて無いよね」

「いえ、別にそんなー」


楓の言葉は途中で切れた。舞奈の潤んだ瞳に見つめられて、言葉を失ったのだ。


「でも、私は人に同情されることが何よりも嫌だってことを知ってる」


舞奈の瞳に強い光が宿る。


「だから、私はいつでも天宮さんの力になるよ。何かあったら私に言って。私にできることなら何でもするから」


そう言って舞奈はいつも通りの笑顔を浮かべた。


「ボクなんかのために…。でも、ありがとうございます、春日井先輩」


舞奈には感謝の言葉を告げた。だが、その言葉とは裏腹に、楓の心は氷のように冷たかった。何が力になる、だ。そう言って舞奈を怒鳴りつけたくなった。ドロドロとした気持ちを全て笑顔という仮面で覆い隠す。楓は自分がみんなが思うほど優しい人間ではないことを知っている。むしろ冷たい人間だ。そういう自分が嫌で楓は『優しい人』という自分を演じているのではないか。昔から何となくそう思っていた。


「天宮さん!あれ!」


舞奈の声に楓は我に返った。舞奈の指差す方に目をやると、霊力の粒子が舞っている場所があった。明らかに取り締まらなければならない量だ。


「先輩、行きましょう!」


舞奈と楓は人にぶつからないように、かつ早急に、現場に向かう。そこでは、両者3人ずつほどの小規模な戦闘が起こっていた。その様子から楓は彼らが二年生だと予想をつける。男子生徒たちは感情が高ぶっていているようだった。何かいざこざがあったのだろう。激しく術が飛び交い、その光量に楓は目を細める。楓たち、風紀委員会がやって来たにも関わらず、彼らは戦闘を止める気配がない。


「やめなさい!それ以上は懲罰対象ですよ!」


舞奈は大声で警告する。楓は何もせずに舞奈の動向を見ているだけだ。舞奈の警告に対抗するように楓の方に霊力が飛んでくる。硬く固めた霊力そのものは、動こうとしない楓に直撃する直前に霧散した。楓は隣の舞奈を見ると、舞奈は右手を何も言わずに突き出していた。


「大丈夫?」

「はい」


舞奈は楓に一瞬だけ笑顔を見せると、両手を前に向けて目を閉じた。


「『第五式、ふうじん』」


舞奈が呟くと、地面に魔方陣のようなものが描かれていく。それが完成したと同時に舞奈は目を開いた。陣は一際ひときわ強い光を放つ。途端にその場の霊力がかき消えた。唯一霊力が発動しているのは舞奈の陣だけだ。


「大人しく私たちについて来なさい」


舞奈の言葉が癪に触ったらしく、1人の男子生徒が拳を振り上げた。それも楓に。楓は『無能』の楓から倒そうと男子生徒が企んだことを瞬時に理解した。しかし楓は動かない。顔を手で覆って、目をつぶった。徹底した『無能』を演じるためだ。ワザとヘタな防御を見せて、武術の心得がないことをアピールする。


パシッ


軽い音が鳴り響いた。覚悟していた拳はいつまで経っても当たる気配がない。恐る恐る、と見えるように楓はゆっくりと手を下ろして目を開けた。誰かの背中が目の前にあった。


「相川……」


楓の前に立った光希は片手で男子生徒の拳を受け止めていた。


「天宮、大丈夫か?」

「うん、ありがとな」


少し遅れて慧は舞奈の隣に立った。


「慧……!」


舞奈は目を見開く。まさかこのタイミングで慧が来てくれるとは思っていなかった。舞奈に向かって微笑んだ慧は


「『ばく』」


と呟き、男子生徒たちを霊力をひも状にして拘束する。


「よかったぁ!ありがとう、慧!ベストタイミングだったよ!」


舞奈は心底嬉しそうな笑顔で慧に笑いかける。慧は少しバツの悪そうな表情して、頭をかいた。


「いや、どちらかというと俺じゃなくて、相川が……」


楓は慧の発言を受けて光希の顔を覗き込む。光希は照れくさそうに視線を逸らした。


「別に……、事件があったから向かっただけだ。お前を心配したわけではない」


なぜかきっぱりと後半の部分を否定した。楓は普通に聞き流していたが。


「ただ、天宮が本当に無能力者であることがわかったな、その上武術の心得もない、と」


慧は腕を組んでそうぼそりと口にした。楓は少し後ろめたい気持ちを覚えた。光希にちらりと視線を送ると、大丈夫だというように光希は目配せしてきた。少しだけ気持ちが軽くなる。


「もう5時半だね、いいよ、解散して」


舞奈に言われて、楓と光希は風紀委員会本部に荷物を取りに向かった。


「よくやったな、武術をやっていないようにしか見えなかった」


人気のない場所で光希はそう言った。2人は足を止めずにそのまま進む。


「本当は殴られる予定だった」


楓は光希を見る。


「まあ、相川のおかげでさらにか弱い女子に見えたと思うからいいけど」

「そうだな、お前の護衛としては護衛対象に怪我して欲しくない」


楓はため息を吐く。


「こんな感じでこれからずっと過ごさないといけないのか……。すごく大変だな……」

「ああ、俺も最低限は協力する」

「まあな。よしっ!えいえいおーっ!」


人気のない校舎に楓の元気な声が響いた。



***


「……慧、あの子の事、どう思う?」


舞奈は隣を歩く慧の横顔に問いかける。慧はこちらに向いた舞奈を見た。


「あの子、って言うと、天宮楓の事か?」

「うん、そう……」


舞奈は顎に手を当てて考える。


「……あの子は一体何者なの?」

「『無能』の天宮……。そんな事、聞いたこともないな」


慧は慎重に言葉を選ぶ。天宮家は最高位の家。下手に何か言えば、危険が伴う。


「ただの『無能』がこの学校に入学できるわけがない。きっと、何かを隠しているはずだ」

「うん、私もそう思った。ただの『無能』は天宮を名乗れない」


舞奈は目を鋭く尖らせた。


「天宮は霊能力者の始祖の家名。その名の重さは並大抵のものじゃない」

「ああ、天宮については要監視だな」


慧は静かに頷く。


「……相川の方はどうだ?」

「相川君か……、相川の『孤高の天才』。思ってた通りの人だったよ。あの冷たい瞳。純粋な兵器っていうのは本当みたいだね。一度だけ戦うところを見たけど、圧倒的だった……」


舞奈は眉間に皺を寄せる。慧は難しい表情をする舞奈を静かに見つめた。


「確かにそうだな。相川家、生粋の戦闘兵器の一族。アレは『バケモノ』だ……」

「そんな『バケモノ』が私達の後輩だなんてね……。でも、あの学年には神林の弟だっているしね。相川君に匹敵するSランク」


慧は神林空の弟、神林涼の顔を思い出す。よく似ているが、全然違うあの兄弟。涼の顔は一度だけ見たことがあった。


「……あとは、笹本の双子もいたよね?」

「そうだな……」


慧はあの激しい兄妹喧嘩を思い出して、遠い目をした。今年の一年は有名人が多い。その上、高い実力を持つ。


「あの学年は特別なのか?」

「……そうかもしれないね」


舞奈は慧の言葉に頷いた。

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