第12話

「でもさ、……なんで護衛なんか……」


木葉は護衛に賛成しているようだが、やっぱり楓は納得がいかない。


「まだ認めていないのね」


木葉の声には責めるような色は無い。楓は少し安心して頷いた。


「ああ、……ボクは自分の身は自分で守れるように、強くなる為に先生に武術を教わった。それなのに護衛なんて、さ」


縁側に着いた手に力がこもる。ミシッ、そんな音が聞こえ、慌てて手を離した。木葉は楓の肩に優しく手を乗せる。楓は無意識に強張らせてしまった身体からそっと力を抜いた。


「……護衛の何が嫌なの?」


木葉の質問には答えられなかった。自分でもわかっていないからだ。


「分からない……。でも、ボクには誰かに守られる資格は無いんだよ。だってボクは……」


……バケモノだから。


その言葉はどうしても口に出せなかった。

沈黙が2人の間に降りる。


「楓様、少し良いですか?」


その時、声が頭上から降ってきた。この声は良子の物だ。楓は恐る恐る顔を上げた。


ニコリと良子が微笑んだ。何故か寒気がしてきた。この顔は何かの予兆ではないか……?


「……何ですか?良子さん」


声がぎこちないのはたぶん気のせいである。もう一度、良子はニコリと笑顔を見せた。楓の背中を冷や汗が伝っていく。微妙な緊張感の中、良子は口を開いた。


「相川光希様と森を散歩してきてはいかがでしょう?」

「……?」


耳を疑った。何故良子が楓と光希を一緒にする理由が読めない。楓は目を瞬いて、良子の顔を見る。


「今、……何て?」


良子の唇が微笑みを形作る。


「相川光希様と一緒に森を散歩してきてはどうでしょう?」

「……う、嘘ですよね?」


何故あんな奴と散歩せねばならない⁉︎

期待して楓は聞いてみる。


「いいえ、嘘ではありません。光希様と森を散歩してくるのはどうでしょうか?」


もう一度、良子は楓の瞳を真っ直ぐに捉えてそう言った。その笑顔の恐ろしさに楓の喉は空気を吸ってヒッと音を立てる。


「行って来なさいよ、楓」


木葉が隣で楓に囁く。

木葉も敵か……。

良子の笑顔は楓の周囲の温度を徐々に下げている。楓は謎の冷気に身震いをし、カクカクと頭を振った。


「い、行きます……」


良子が今度は満面に笑みを浮かべた。零度を切っていた体感温度は急激に上昇。楓は春の暖気に包まれた。……あくまで体感だ。


「ほらほら行ってらっしゃいよ〜」


木葉に促され、楓は渋々立ち上がる。良子が前を歩いて玄関まで案内を始め、木葉が楓の逃げ場を塞ぐように後ろを歩く。


このままではまたあの無愛想エリートに会う羽目になる。


くそぉっ、と内心地団駄を踏みながら、結局楓は玄関まで連行されていく。


「木葉ぁ……」


後ろを歩く木葉に温情を求め、楓は手を伸ばす。


「棄てられた子犬みたいな顔をしても駄目よ。ここであなたを逃したらつまらないじゃない」

「くっ、初めからそのつもりだったのかー!」


ふふふっと妖しく笑う木葉に、楓は恨めしげな視線を向ける。だが、普通に無視されてしまった。良子は一瞬そんな楓に向かって冷たく微笑んだ。


逃げたらどうなるか分かっているわよね?


つまりはそういう事だ。どうなるかは全然分からないが、命の危険がありそうである。楓は肩を落として大人しく再び沈黙した。


玄関に着くと、もう既に先客がいた。良子の顔を見て無表情が青ざめる。


「相川光希様、よろしくお願い致しますね」


無言で即座に頷く。連行される楓を見て、光希は顔を引きつらせた。


どうやら光希も良子さんに脅されたクチだろう。あの無表情が青ざめるのだ、一体どう脅されたのかが気になる。……まあ、知りたくないが。少なくとも楓以上に脅迫されたのは確か。楓はまだ通常状態の良子を見ても顔を青ざめさせる程ではない。


良子さん怖っ……。


楓は身震いし、良子の顔を伺った。良子さんはやはり優しく微笑む。楓はその恐怖に思わず後退りすると、靴を履いてしまった。


あっ。


どうやら良子さんの思い通りの展開になってしまったみたいだ。木葉はにやぁと意地悪く笑い、楓に手を振る。


「いってらっしゃい、楓、光希」

「「……」」


無言で動こうとしない2人に良子がさらに追い討ちをかけた。


「いってらっしゃいませ、天宮楓様、相川光希様」


楓と光希は一瞬互いの顔を見合わせた。光希は険悪な目で楓を見て、楓もそれまた険悪な目で光希を見る。一瞬の交錯の間の事だけだったが、雰囲気がとても悪いのは直ぐに察せられる筈だ。


やたらとニコニコする木葉と良子の視線に耐えきれなくなり、楓と光希は無言かつ青ざめた表情で追い出されるように外に出た。


外に出た途端、心が軽くなり楓は安堵の息を吐いた。光希も微妙に表情が明るくなった、ような気がする。


楓はチラッと後ろを何となく振り返る。

すると何やら口パクする木葉と目が合った。


あ、い、さ、つ、と口が動いている。

つまり、光希と挨拶をしろという事なのだろう。コイツに挨拶するのが癪で仕方がないが、しなかったらしなかったで後で絞められそうだからやるしかない。

楓はぎこちなく笑顔を作り、光希に話しかけた。


「……えっと……、よろしく、相川」


ギロッと睨まれる。楓の顔は凍りついたように動かなくなる。


ヤバイヤバイヤバイ。


睨み合う蛇と蛙のような状態で立ち止まる楓と光希。

そして、光希が一緒視線を楓から離した。光希の顔が引きつり、ゆっくりと顔が笑顔を作る。

学校で見たあのイケメンスマイルだ。

感情のない作り笑い。

綺麗な笑顔の筈なのに、周りを拒絶し牽制するような雰囲気を放っている。

光希はその顔で楓を見た。


「……よろしくな、天宮」

「あ、ああ……」


なんかお互いに挨拶させられてしまった!

結局これも木葉達の計略通りだろう。まんまと載せられた自分が悔しい。光希も同じかと思い、その顔を見上げてみると早々に笑みが消えて無表情に戻っていた。


楓は意味もなく地面の草を蹴る。千切れた緑色の葉がパラパラと風に乗って飛んでいった。風はもう春なのに少し肌寒かった。


「……行くか」


隣で光希が呟いた。楓は首を傾げる。


「どこに?」


光希の顔が明らかに呆れた表情をした。これはバカにされているのではないだろうか。少しイラッとした楓は、光希の顔を真正面から睨みつける。光希はそれを無視して鬱蒼とした森の方へと歩き始めてしまった。


「だから、どこに行くんだよ」


ここに1人で放り出されてしまったらどうしようもないので、楓は光希を追いかけた。


「……散歩だ。藤峰さんから言われただろ」


光希はぶっきらぼうに答え、楓は合点が行って頷いた。


「……そういえばそうだな……」


そうして楓と光希は森へ足を踏み入れた。


***


森へ消えていく2人の姿を木葉と良子は眺める。木葉は良子に声を掛けた。


「悪いわね、汚れ役みたいなことをやらせてしまって」

「いえ、あの2人為ならばそんな事、大した問題ではありませんよ」


良子は己の娘を見るような温かい目で楓の背中を見守る。楓は良子が4年近く側で見てきた少女だ。ずっと楓が不遇な扱いをされているのは知っていたが、良子にはどうすることもできなかった。それは後悔だった。


木葉は良子の表情に滲む悔しさに気づいたが、何も言わなかった。


「光希があんなに感情を露わにするのはとても珍しいわね」

「はい、いつもは自分の感情を隠すのがとても上手なのですが、楓にはどうもそうではないみたいです」


その理由なら、木葉も良子も心当たりはある。

木葉は姿が見えなくなってしまった2人の代わりに近くの木に目をやった。枝の先で2枚の葉が風に煽られている。プツリと1枚、枝から離れて飛んでいった。


「やっぱり、まだ3年前の事を引きずっているのね」


木葉は目を伏せた。木葉が気にするその事件。良子は間接的にしかそこで起こった事を知らない。


「……そうですよね。あんな事があってからでは、この任務を受けたくないのも当然ですね……」

「ええ、もしも同じような事があれば、私でも気にしてしまうかもしれないわ」


良子は瞬きをした。

意外だった。

木葉の正体は謎に包まれている。年齢も分からなければ、その能力も分からない。天宮家に仕える良子でも彼女の正体を知る権限を持ち得ない。それどころか、知っているのは天宮家の当主、ただ1人だけかもしれない。

それでも良子が知っているのは、彼女が感情も思いも決して他人に悟らせず掴ませないという事。

そんな木葉がそう言うのは、とても珍しい事のように思えた。


「そうなんですか?」


木葉は肩を竦めてみせる。


「さあ?本当にそうなった事がないから分からないわ。……それでも」


木葉はその先を言わなかった。良子は気になって思わず聞き返す。


「それでも……、何ですか?」

「いいえ、何でもないわ。それより、あの2人、仲良くなれると思う?」


悪戯っぽく美しい顔を動かす。夜の海のような黒々とした瞳がキラリと楽しそうに煌めいた。


「どうでしょうね……」


良子は考える。光希は楓を遠ざけようとしているし、楓も護衛を拒否している。お互い打ち解けるにはとんでもない時間がかかりそうだ。


「時間はかかりそうですが、……もしも互いに打ち解ける日が来れば、それはあの2人にとってとても良い事なのかもしれません」

「というと?」

「相性抜群という事ですよ」


良子は微笑んだ。木葉はニヤリと唇を吊り上げた。


「私もそう思うわ。そして、あの2人ならもっと強くなれる」

「はい、間違いなく」


良子は木葉の自信たっぷりのその言葉に頷いた。きっとあの2人には互いが必要だ。そして、欠けた物が埋まれば二つと無い何かを、見つけられる。

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