第6話

楓達は食堂に来ていた。

時刻は午後6時半くらい。かなりの生徒が夕食を取りにここに集まっていた。すっかり昼食を食べるのを忘れていた楓の腹は空腹を訴えている。


ぐぅうう。


大きな音が聞こえた。いや、楓ではない。木葉に視線を向けられたが、楓はブンブンと首を振り無実を主張する。


「あー、私です、それ」


夏美の隣を歩いていたフワッとしたポニーテールの少女が頭に手を当てる。


「お腹、空いてたのね」


木葉が微笑む。少女は決まり悪そうにえへへと笑った。


「じゃあ、ここにしようか」


夏美がやっと見つけたテーブルにトンッと持っていたトレーを置いた。楓達もそれに倣って4人がけの席に片側に楓と木葉、夏美と少女に分かれて座る。


「自己紹介、まだしてなかったから今からさらっとするね!」


少女はニッと明るい笑みを浮かべ、そう言った。


「私は笹本夕姫ささもと ゆうき!みんなと同じ1年A組です!これからよろしくお願いします!」


頭を軽く下げた夕姫のポニーテールがわさっと揺れる。その動作は裏表を感じさせない物で素直な性格なのだろうと見て取れた。


「ボクは天宮楓。よろしくな!」


楓は夕姫に向かって笑顔を見せた。夕姫は嬉しそうに顔を緩める。


「よろしく!楓、って呼んでも良いかな?」


一瞬、木葉の目が僅かに細められた。しかし、楓はそんな木葉の様子には気付かずに夕姫の申し出に快く頷いた。


「良いよ!ボクも夕姫って呼んでも良い?」


夕姫はとても嬉しそうに首を縦に振る。


「もちろん、楓!」


楓に向かって笑顔を向け、それから夕姫は木葉に視線を動かした。


「それで……下田木葉さん、で合ってるかな?」

「ええ、木葉と呼んでくれて構わないわ。それにしてもよく覚えていたわね。クラス全員の顔と名前、覚えているの?」


夕姫は残念ながら、と首を振った。


「私の双子の弟もA組なんだけど、下田って笹本の次でしょ?それで偶々覚えたんだ!」

「そうなのね。でも、覚えてくれていて嬉しいわ」


木葉の表情がとても柔らかな笑顔に変わる。夕姫はその顔に見入って、しばらくの間呆然としていた。


本当に危ない人だ、この人。


楓は木葉の笑顔を直視しないようにしながらそう思った。


「えっと、そろそろ食べた方が良いと思うよ?楓も、ラーメン、伸びるよ?」

「あ、そうだな。ありがとう、夏美」


夕姫と木葉も楓と同じように夏美に促されて食べ物に手を付ける。楓はラーメンをすすりながらふと考えた。


「……ここってどんな部活があるんだろう?」


ボソッと呟いた言葉が夕姫に拾われる。


「結構な数あったと思うよ?確か……、40近いんじゃないかな?」

「たぶんそれくらいじゃない?」


夏美もせっせとスプーンを動かしながら頷く。


「ちなみに私は剣道部に入ろうと思うんだけど、みんなは決めてる?」

「へぇ〜!剣道部なのか!中学の時もやってたの?」

「うん、剣道は結構長いんだ!」


夕姫は得意げに胸を張る。剣道が余程好きなのだろう。もう食べ物が無くなった皿の上で落ち着かなさそうにスプーンを動かしている夏美に、楓は話を振る。


「それじゃあ夏美は?」


我に帰った夏美は目を瞬かせた。


「あ、えっと……、生徒会に入れたら良いなって思ってて……」

「生徒会⁉︎」


夕姫が大声を出した。夏美は慌てて夕姫の口を塞ぐ。


「生徒会って、アレだよね?入試成績上位5名しか入る権限が無いってやつだよね?」


それは夕姫が驚くわけだ。楓にも驚きだ。夏美がこう言うという事は、上位5人に入る実力があるという事を意味する。


「……あ、うん。もちろんできたら、だけど……」


だが、答える夏美の言葉は少し歯切れが悪かった。何か理由でもあるのだろうか、それとも5人に入っている心配なのか。どちらもあるような気がするが、楓にははっきりと分からない。


「楓はどこに入るか考えたの?」


夏美が生徒会の話から逃げるように楓に尋ねた。楓は頰をかく。


「うーん、ボクはどこにも入る気は無いかな」

「えっ!運動できそうなのに残念……」


夕姫は肩を落とした。


「夕姫の場合、楓に剣道部、一緒に入ってもらいたかっただけでしょ」


夏美の指摘に夕姫はペロッと舌を出す。


「バレたか……。それじゃあ、木葉はどこか入るの?」


木葉はテーブルに頬杖をついた。


「部活には入る予定は無いわね」

「そうなのか?うーん、でも分かるような気がするな」


案外部活に入っていない木葉の方がしっくりくる。


「……というか、木葉、集団行動苦手そうだよね」


夏美が呟く。


「そんな感じするね、確かに!」


夕姫は納得の表情でうんうんと首を動かした。楓は苦笑いで木葉を見る。


「そんな事無いわよ……、たぶん」


木葉の反論はあまり力がこもっていない。おそらく集団行動に向いていない自覚があるのだろう。


「んじゃ、ボクらの部屋は2人とも無職なわけなんだな。でも、ボクだけじゃなくて良かった気もするけど」

「そうね、……ところで無職ってなんか悲しいからやめて……」

「あ、じゃあ、じゃあ、帰宅部って事で!」


夕姫が指をクルクルさせる。


「良いわね、それ。私達の部屋は2人とも帰宅部よ!」


木葉が自信満々に言い切った。そこまで清々しく言われると、実はどこにも所属していない寂しい人だという認識が薄れる。だが、殆どの新入生は部活に入るのだと思うと、少し羨ましかった。


親のいない楓は孤児院で育った。もちろん、部活なんかに使える金など楓には無い。だから、今まで部活には入った事が無かったのだ。そして、それはきっとこの3年間も同じだろう。


「そろそろ、帰ろっか」


夏美は立ち上がる。楓達もそれに合わせて席を立った。


「それじゃあ、またねー!」

「うん!また次の月曜日!」


楓は笑顔で2人に手を振る。今日は金曜日で、次に2人に会うのは来週の月曜日になる。嫌になりかけていた新しい学校生活が少しだけ、楽しみになった気がした。




***


部屋に帰り、寝る支度を始めた頃。

楓の元に電話がかかってきた。


「どこどこどこ⁉︎」

「さっきからピロピロ鳴ってるけど、向こうの方じゃないかしら?」


部屋の中で鳴り響く呼び出し音。楓は慌ててその音を発している端末を探す。


「どこだよ⁉︎」


片付けをもう少し丁寧にすれば良かったと後悔しながら、ごそごそと手を動かす。


「見つかんないよ〜!」


楓はバタッとカーペットに身体を投げ出した。ついでにポケットからぽろっと端末が転げ落ちる。


「あったぁっ!」


歓喜の声を上げ、木葉の少し痛々しい視線を無視する。端末の画面には、『良子さん』と表示されていた。


良子さん、本名、藤峰良子ふじみね りょうこは楓の孤児院の『保母さん』をしていた人物だ。楓が小学校6年生の頃にやってきたまだ新しい保母さんで、珍しく楓を気にかけてくれた人だった。その為、楓も良子にだけは懐いていた。


そして、その良子から突然かかってきたこの電話は一体何の電話なのか……。


楓は電話に出た。


『楓!久しぶりね!』

「久しぶり!良子さん!」


よく知った明るい声に、楓の顔は綻ぶ。


「なんかあったの?」

『それがね、あなたを引き取り手が決まったの!』

「え?」


突然の告白に楓の思考が止まった。


「どういうこと?」

『明日、引き取り手の家に行くから、一度孤児院に戻ってきてほしいの。良い?』


楓の疑問を完全に無視して良子はまくし立てる。キョトンとした顔のまま、楓は端末を耳に当てていた。ハッと我に帰って、楓は良子に問う。


「……どういうことなの?」


しばらくの沈黙の後、良子は静かに答えた。


『……楓が、高校生になる時に引き取られる事は初めから決まっていたの。そして明日がその日』

「ちょっと待って誰になんだ⁉︎」


誰に引き取られる事が決まっていたというのだろう。楓はずっと知らなかった。このまま引き取られる事無く大人になると思って生きてきたのだ。


『それじゃあまた明日、10時に駅で』

「ちょっと!待って!良子さん!良子さん……」


気づけば電話は切れていた。電話の向こうの良子はどこか焦っているように感じられた。


「誰だったの?何か、あったみたいだけど」


木葉の瞳が楓の顔を覗き込んでいた。楓が孤児だという事は別に木葉に言うべき事では無い。余計な心配や詮索をされるだけだ。


楓は首を振った。


「いや、何でもない。ただ、明日ちょっと帰らなきゃいけない用事が出来たんだ」


木葉の目が見開かれる。


「あら、奇遇ね。私も帰らなければならない用事があるのよ、明日」

「そうなの⁉︎なんか運命みたいだな、入学式も会って、クラスも一緒で、部屋も一緒。それから明日の予定まで一緒だなんてさ」

「……本当に、ただ偶然なのかしら?これではまるで……」

「……誰かが仕組んだみたいだ」


楓は木葉の言葉を継いで、ニヤッと笑った。木葉は楓に思考を読まれるとは思わなかったようで、とても驚いた顔をする。


「あなたは一体何者なの?」


木葉の口から疑問の言葉が漏れた。無意識にぽろっと溢れたようなものに聞こえた。


「……ボクはただの『無能』だよ。大した能力もない、ただの人さ」


楓は薄く笑ってそう言った。

自嘲だった。


「そう……」


木葉はどこか上の空で小さく息を吐いた。




***


二段ベッドの上で寝たいと主張した楓から上の段を奪取した木葉は夜中、暗闇の中で目を開いた。


暗い天井が目に入る。しばらくの間そうして上を見ていた。そして、木葉は静かに身体を起こし、音もなく床に飛び降りた。


少し乱れた髪に指を通す。黒い髪は抵抗もなくスルリと真っ直ぐになる。


(さて……)


木葉は下の段で眠る楓の枕元に手を伸ばした。


「……ん……」


楓が僅かに身動ぎする。


気づかれた……⁉︎


木葉は一度手を止め、楓の寝顔を見た。気持ち良さそう寝ているだけだ。気配を断っている木葉の動きに眠ったまま気づく訳無い筈だ。


だから、きっとさっきのは気のせいだ。


気を取り直し、木葉は楓の眼鏡をそっと手に取った。どんな角度から見ても、何の変哲も無い赤縁眼鏡だ。


だが……。


木葉の右手から紫色の光が舞い始める。霊力を指先に収束させ、木葉はその指で眼鏡に触れた。


バチィッ!


閃光が散った。

木葉は身体を走った痛みに顔を顰める。

指先から微かに立ち上る煙を手を振って振り払う。


強力な術式が眼鏡にかけられている。


……これではっきりした。


木葉は唇をニヤリと動かす。

それから楓を見て微笑んだ。


「……あなたが私がずっと探していた人なのね、天宮楓」

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